2000年10月 15日 日曜日

 初心者の貢献


   山に登った。私の「登山靴を履いての登山」歴といえば過去1回だけ。昨年職場の同僚Wさんに連れられて、温泉郡川内町から面河に至る昔の馬道を経て、黒森峠から縦走に入り、カラカイの滝に降りて沢伝いに川内に帰るという周回コースを歩いたっきりである。
 私の登山靴やリュックや水筒や、使い道のわからないツェルトとかリュック・カバーなどなどは、みなこのとき購入したもののである。

 2度目の今回もWさんのお誘いであるが、今度は1泊2日で四国山系のなかの1400メートル級の山を三つ登る。登山歴30年のWさんもまだ登ったことがないという山々である。ここは高知県早明浦ダムの水源地にあたる。
 1週間ほど前、たまたま地元新聞で今回のコースの一部が登山案内の記事として掲載されたのだが、なんと「中級コース」として紹介されていた。

 そして登ってみたら確かにその通りで、道が分からなくなったところが3・4箇所あった。幸いWさんの沈着な対応で登山道に復帰できたが、Wさんがいなければきっと道を失って谷間に迷い込み遭難してしまったに違いない。これは確信を持って言える。

 佐々連尾山から大森山への縦走路のほとんどは笹原の道であった。こんな長い笹原を歩くのはもちろん初めてだった。歩いてみて知ったことだが、笹原の道というものは人に物を思わせるようだ。

 膝くらいの深さだった笹原がしだいに深まりついには首の高さになり、全身がうずまってしまうことになる。その笹を「漕ぎ」(というのだそうだ…)ながら進んで行くのである。余り深くなると漕ぐのをやめて道をさぐらねばならなくなるわけだが、身をかがめてみれば笹原の中にはすばらしい登山道のトンネルが隠されている。その笹原の中の「秘密の道」は人の肩幅くらいで、草一本生えていない乾いた道である。それはハイウェイのようにさえ見える。

 この道は人の足跡によってのみ作られ、かつ維持されている道である。その人とはすべて、山に物ではなく精神を運ぶ人々であるから、それは当然、経済の道ではなく精神の道である。

 さて、たまたま木が倒れてこの道を阻んだりすると、人の足跡はすぐに拡散し、道は消失してしまう。しかし何年か経つうちに一番便利なところにみんなの足跡が重なっていき、ついにあたらしい道として姿をあらわすことになるのであろう。そして私のような超初心者の足跡すらこの新しい道作りに聊かの貢献をしているわけである。

 歩きながら高村光太郎の「僕の前に道はない」のフレーズを思い出したのだが、この道はそういういわば叫ぶための道ではない。僕の前に道がある、僕もその道を固めている、…笹原の道には、享受し伝承する営みがある。