2000年9月6日 水曜日

 いのちを尊ぶ教育でいいのか
 その1


   東予工業高校で男子生徒が教師の首をナイフで斬りつけるという事件が起こった。正直に言うと、愛媛県下の事件だと知ったのは事件の数日後だった。こんな事件がこんな身近に起こるとは予想していなかった。

 事件後、東予工業の石丸校長は全校集会で

 
 

男子生徒の心には渦巻くものがあったのかもしれない
自分の心をコントロールできるようになってほしい 

 

と語りかけたそうだ。「渦巻くものがあったかもしれない」のではなく「今思えば、渦巻くものがあったのだ」であるはずだが、校長が言おうとしたことはよく理解できる。

 これにくらべると県教委の通達はやっぱり通り一遍だ。

 
 

1 いのちの尊さについて徹底指導する
2 教師と生徒の心のふれあいを深める
3 生徒の悩みを受けとめる校内体制づくり
4 家庭との連携・協力を見なおす 

 

 小学生が学校で飼っているウサギを殺したときにも使えそうな通達だし、万引き事件ならば「商品の尊さを徹底指導する」と書きかえればよい程度のものだ。石丸校長の呼びかけのほうが深い。

 そもそも、子供たちが生きているこの時代は「いのちの尊さ」を自明のものとしにくい時代だ。天皇のために命を投げ出したという理由で、処刑された戦犯や特攻隊をはじめとする戦没者が称揚される時代である。特攻隊の青年たちの死を無駄な死だったというものは世間から白い目で見られるのである。靖国神社への参拝を責務とする現代の政治は「いのちを捨てること」のほうを意義深く語っている。子供たちはそれを敏感に感じ取っている。

 「いのちの尊さ」が尊重される社会であるかどうかは、老人に対する社会の扱いを見ればわかる。現代は老人になることがつらい時代である。「長生き」が国家にとっての大迷惑の時代である。子供たちはそれを敏感に感じ取っている。

 そんな時代に「いのちの尊さ」をとくことは至難の技である。至難の課題を下達する以上成果は期待し得ないのである。

 (つづく)