08年11月06日 木曜日
全州写真集
老馬新聞



竜山から「セマウル」号で全州市へ出発。
竜山15:55発、全州19:06着。運賃料金25,400ウオン。


全州市では地元紙の記者をしておられる김상기(キムサンギ)さんに案内をしてもらった。


泊まった全州観光ホテルのすぐ側に「全州府城西門址」がありました。東学農民軍はここから入城した。


西門から市街中心部を見る。1894年西門外市場の雑踏に身を隠していた農民軍は一斉にこの道を進軍した。この通りは後に日本人が最初に住み着いた通りで「大正通り」と呼んでいた。現ウェディング通り。


元全羅南道道庁。全州は朝鮮王朝時代の三大都市の一つ。


全州市街中心部(郵便局十字路)から豊南門(南門)を望む。



豊南門から市街地を見通す。


「この門は朝鮮時代全羅監営の所在地であった全州を取り囲んでいた城郭の南側の出入り口である」などと書いてある。


豊南門を外側から見上げる。この門の外には全州川が流れているが、昔はその川の向こう側は全羅道第一の二日市で賑わっていた。


郵逓局四辻(우체국사거리)。この十字路の左右方向が「本町(본정,혼마치)」。正面が大正通り(대정통)と思われる。いずれも日本帝国時代は日本人の商家の多かった一帯である。この建物「家族会館」は解放前からある建物だそうだ


左のアップ写真。二階には「全州ビビンパプ」の元祖店「一号」がある。「全州ビビンパプ一号」とある。


ソウルの王を遥拝するための「客舎」の案内板。


全州府城東門址


旧東門界隈1


旧東門界隈2
「東門炭焼きカルビ」という看板がある。


旧東門界隈3
ここにも「東門・・・」の看板が見える。


全州府城東門址(拡大)

1907年新作路を開通するに際し南門以外の門と全城壁を撤去した、とある。


日本帝国時代銀行だったらしい。解放後養蚕をやっていたとか。現在は新聞社の販売店。


全州韓屋村にある東学革命記念館。

以下館内の展示物。


これは西門であろうか。「農民軍全州城無血入城」とある。


「日・清軍の上陸」写真は1894年6月12日牙山に上陸した清国軍のよう。日付は旧暦か。


全州和約調印の図


左の拡大図
左全琫準、書記が和約文をしたためている。


農民軍第二次蜂起地の図。中央の大きい赤丸はケソン(開城・現朝鮮(DPRK)。その右下の四角がソウル(漢城)


同じ図の下部。真ん中二つ繋がった赤丸が上が第二次蜂起地の参禮、下が全州。

矢印は農民軍進撃路とあるが実は退却路。愛媛出身兵が大半を占める後備歩兵独立第十九大隊の殲滅作戦に追われ、終に左下珍島진도
に追い込まれ<玉砕>した。


捕縛された農民軍指導者・全琫準。衰弱して歩けないため乗り物で移送されている。


全州の位置である。


朝鮮王朝始祖の画像


日本帝国時代、全州の日本人の上層階級の子供が学んだ小学校の後身。


韓国風の建物だが、日本人の建てた建物と伝えられている。