2007年8月2日
海南新聞
1909(明治42)年
3月12日〜13日

1909(明治42)年3月12日
満州漁業問題
満州沿岸漁業問題に就ては昨年は暫定協約を締結して関東州在住民は清国政府に四十円の免許料を納付して漁業に従事するを得せしめしが其後調査の結果免許料を支払はんよりも寧ろ公海漁業に従事するの勝れるを確め得たれば来る五月の漁期迄に何等新事実の発生せざる限り公海制を採用すべしとは外務当局の語る所なるが右に就き某消息通の談話に曰く漁業者が全然清国の領海を使用せずして公海漁業に従事せんには相当の設備と之れに伴ふ経費を要するは明かなり然るに該免許料を納入する事が果して利益なりとは遽かに首肯し難きところなるも仮に外務当局者の言を真なりとするもその利益の度たるや蓋し甚だ大ならざるべきは推察するに難からず然も之れがため将来領海問題の紛争を惹起すべきは火を見るよりも明なる所なるに零細の利益を口実として僅かの煩累を避けんがため永久の利権を失せんとするは国勢発展の上に好まざる事と云ふべし


1909(明治42)年3月12日
●拓殖会社と国籍問題
 東洋拓殖会社は日本の法人たると同時に又韓国法人なればその国籍の孰れに有るかとは今日日本に於ても随分八釜しき問題にして之れが決定如何に依りては課税の標準と日韓両政府の衝突せし場合等に当りて困難なる事情の起ることあるべく東洋拓殖会社は既に法理上より詳細なる調査を為し居る由なるも監督官庁の意見を確めざる内は容易に発表せざる筈なりと

1909(明治42)年3月12日
雑報
●統監来県彙報
▲来県日時 伊藤統監一行は愈よ来る十四日午後四時半頃通報艦淀にて三津浜若しくは高浜に着港の旨通知ありしと
▲三津浜の準備 伊藤公来遊の上陸地は多分三津浜に決定すべければ三津浜町に於ては便宜の為埠頭内へ仮桟橋架設中なるが尚ほ歓迎方法等に就ては十一、十二日内に町会を開き協議の上確定の筈

1909(明治42)年3月12日
●模範漁業組合


鈴木水産局書記官来県の上実地に就き調査したる結果模範たるべき漁業組合は温泉郡神和村二神漁業組合、喜多郡長浜町青島漁業組合、西宇和郡二木生村周木漁業組合、宇摩郡川之江町川之江漁業組合の諸組合と認定され就中二神、青島の両組合は最も優秀なるものと認められたりといふ

1909(明治42)年3月13日
水産銀行法案
森茂生氏ほか八名より近日提出すべき日本水産銀行法案の内容を聞くに資本金は一千万円、存立期限は創業の日より五十ヶ年、重役は総裁一人、理事四人、監査役三人、貸付方は市町村に対し無担保にて年賦又は定期償還の方法により貸付を為し水産業者組合を設け連帯責任を以て申出づるものは定期償還の担保貸付を為し政府は本銀行を監督す政府は払込資本金に対し一ヶ年百分の五を補助し其の年限は創立の日より十ヶ年とす等なり




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