老馬新聞

2008年03月04日14:47

三線の練習などというものは所詮他人の真似をしているわけだ。赤ちゃんは大人の真似をして成長する。まねが出来れば親は喜ぶし本人もエツにいる。人類の技術の進歩も、ゲンコツや手や指や足や目や耳や脳や内臓の機能の模倣が土台になっている。人間の模倣能力は偉大なものである。

一緒に進化してきた猿も当然模倣能力が発達しており、昔からそれを「猿真似」と呼んできた。「猿真似」をやや蔑視的な意味合いで使用する人は模倣能力についての理解が不足しているというべきだろう。

さて、高知の田舎で幼少時代を送ったある知人から最近おもしろい話を聞いた。

彼が少年だった頃、家の近所に猿がしきりに出没して悪さをしていたそうだ。子どものことだから猿を見つけると石を投げて懲らしめたくなる。彼もときどき猿に石を投げていたそうだが、あるとき近所の老人から次のように諭されたそうだ。

「あのな、猿に石を投げるときは、お前達がやってるように、地面から拾った石をそのまま投げてはいかんぞ。そんなことをしていると猿はすぐにお前達のすることを真似て、地面の石を投げ返してくるものだ。猿に石を投げるときはな、拾った石をまずポケットに入れておくんじゃ。そしてそのポケットの石を猿に投げつける。そうするとな、猿はまたそれを真似しようとするんじゃ。で、ポケットの位置あたりに手をもっていくのじゃが、猿にはポケットがないし石もないじゃろ、それで猿はしかたなくポケットのあるあたりの自分の毛を抜くんじゃ。そしてその毛をふわふわっと投げる。こうすればお前たちは怪我をせずに石が投げれるんじゃ。覚えといたらええぞ。」