2007年6月24日
魚島漁民
韓海通漁の実態


老馬新聞

先日魚島を訪れたときに頂いた別の資料資料に魚島漁民の韓海通漁の実態を記述した文があった。どなたの論文か確認していないとだがとりあえず興味ある部分を拾っておこう。

  1. 初めて乗船する年齢は、多くは満13歳前後からであるが、中には11歳と云う早い例もある。
  2. 労働の荷重さから50歳以上の高齢者はほとんどいなかったようである。
  3. 魚島を出発してkら朝鮮半島の根拠地(巨済島。知世浦)に到着するには、早ければ6日、遅くても12日を要するだけである。
  4. (渡韓に使われた船は)和船であり、現在の動力機付漁船より大きい」程度、「12人ないし20人乗りのものだった。」「無風の日は昼夜を問わず、磁石一つをたよりに櫓を漕がなければならなかった。
  5. 船には4梃の櫓があり、17,8人ほどの人々が交代で漕いだものらしい。
  6. 出発から到着までの食糧、水は「途中の上関、下関(山口県)の港々で購入した。
  7. 現地で出来上がったイリコは「袋につめカヨイブネによって仲買人を通じて下関方面へ出していた」。