2007年6月21日
金秀姫論文で
魚島漁民を読む
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老馬新聞

先日魚島を訪れたとき『魚島村史』の資料編のコピーをいただいた。そのコピーの中に韓国慶尚北道金泉大学講師金秀姫氏の論文が抄出・紹介されている。興味深い内容の論文であった。以下要点をメモしておきたい(このメモの文章は「 」内は直接の引用であるが、自分の理解の為め書き変え、ないし加筆してあるところがあることをお断りしおく)。

※出典は「水産業史研究 第7巻別刷り」所載の金秀姫論文「植民地時代移住漁村『小魚島村』と巨済島旧助羅」

このページは金秀姫氏の論文の結論部分のメモである。

                             結論

  1. (植民地への転落) 1876(明治9)年の江華島条約は朝鮮の開港を強いた。「開港以来、韓国社会は外勢の圧力」に圧されて「結局日本の植民地に転落した」。
  2. (大きな変化を経験した韓国漁村)「この過程の中で、もっとも大きな変化を経験したのは、日本に近くて、よい漁場を持った漁村だった」。
  3. (漁場を求める日本人との接触)日本人漁民は「今のように外国領土を侵害するという意識はなく、ただ漁場を求めて」韓海に進出した。「その結果、日本の植民地になる前、韓国の漁村では日本人居住地域が発生した」。
  4. (日本人に漁場を奪われた)植民地時代を通して旧助羅近辺の豊かな漁場は「日本人たちに奪われた」。韓国人漁民は日本人漁民の漁業技術と労働意欲に太刀打ち出来なかったのであろう。
  5. (技術移転)しかし、韓国人漁民は日本人に雇用されて漁業経験を積み、ついには「漁業の全過程を習得」し、日本人網元の下で総責任者になるものもでた。