2007年5月7日
海南新聞
1909(明治42)年
1月30日
老馬新聞

1909(明治42)年1月30日 

●釜山の松山人会
韓国釜山に在留せる我松山人は互に同郷者の懇親を図るため相集まり榮松会と命名し既に第二回の集会を為し 本月廿五日其第三回目を開会したるが 当日出席の重なるものは
税関吏村井宰、穀物商小玉玄三郎、同商深見彦四郎、通信業三好源十郎、鉄道吏高木嘉申、水産問屋桧垣淳三九、通関業伊藤政一其他の数名にして 本会は曩日久松伯爵帰朝の際釜山通過に付 松山人の有志者送迎の為め図らずも同郷人集会し 久松伯より松山人の協同力を作ることの必要なる趣旨を演述せられたるに起因して設置したるものなり 目下は会員極めて少数なるも漸次盛大となるの傾向を有せり 而して現在の同会幹事は桧垣 小玉両氏にして 爾後隔月開会の筈なりといふ