2007年月日
海南新聞
1909(明治42)年
1月28日〜30日
老馬新聞

1909(明治42)年1月28日 

雑報
●各航路の現況
昨年来不振の極に達し暫く不況を持続せる海運界は昨今銀塊気直りと共に対清貿易の復活せるに伴れ荷動漸く活気を呈せん気配となり曩に繋留せる社外船も活動をはじめん形勢となれり 今各航路の現況を聞くに▲欧州航路・・・中略・・・▲韓国航路 日韓連絡貨物の特定割引其他の便宜を与へて 鉄道貨物を吸収せる結果 韓国航路に従事せる各汽船会社は太しき影響を受け 船貨は次第に減退の模様あり 早晩此の航路に付ては 何等かの協議を見るに至るべしと云ふ ▲浦塩航・・・以下略・・・

1909(明治42)年1月28日
●韓国兵営の建築
韓国駐屯軍の兵営は暴徒騒擾のため今日まで建築の運に至らざりしが昨今漸次鎮定に帰したると以て明年末までには永久的兵営を建築することに決定せりと

1909(明治42)年1月30日
韓国平壌より
社友生
▲韓皇の北韓御巡幸
曩に南韓の地を御巡幸遊ばされ親しく黎民の疾苦を視察し賜ひし韓国 皇帝陛下は更に北方酷劇なる寒気をも厭せられず国民厳寒の生活の有様を親しくみそなはす大御心より 伊藤統監大久保軍司令官各大臣以下百余名を随へさせられ一月廿七日より八日間 開城 平壌 義州等に御巡幸ある筈にて 目下歓迎準備の為め各地官民共に日なほ足らざる有様なり
陛下は恐れ多くも 母皇陛下の崩御なせし以来此処に十五年余 全く外出なかりしのみか殆んど地を踏ませらる丶事もなかりし程にて 甚だ陰鬱の御生活をなし来たれしに引替へ 近来は極めて自由快活の御境遇に在らせられ 殊に前回の行幸により領土の一斑をも親しく知悉せられ 地方官民の歓迎により天子の尊さをも知らしめたる事となりしかば 其の御愉快の程譬へんにものなく 竜顔常に麗しく 今回の北韓御巡幸も衷心よりの御希望により仰せ出されし次第なりとか漏れ承る
▲韓国正月の遊戯 ・・・略・・・
▲韓国児女の遊戯 ・・・略・・・