2007年5月29日
旧・神松名村訪問
老馬新聞
B
明神漁港
C
明神
D
二名津遠望
A
松。地元の人に夏柑栽培始祖・宇都宮誠集(のぶちか)と教えてもらった家。玄関口に夏柑の木が一本植えてある。
松の家並み。
道端で会った老婦人に昔話を聞いた。この方のおじいさんも韓海に渡ったそうだ。しかし、それ以上詳しいことはご存じないようだった。遠い昔の話として伝わっているのだろう。
松の漁港。松は居住地と港が分離している。居住地は海岸段丘の上にある。
ハマは花盛りである。
(ここをマウスでダブルクリックして、文章を入力してください。)
松の遠望である。
D
二名津。三崎の宿の女将さん(昭和15年生まれ)は神松名(二名津)生まれの方だったが、神松名の漁師の韓海進出に付ては全く知らないとの事だった。
三崎公民館でお会いした金森課長さんも神松名ご出身だったが、「海南新聞」の記事をお見せすると「串より神松名の記事が多いですなあ」と感心しておられた。
同上
F
釜木漁港。港近くの家の老婦人に話を聞いてみると。昔釜木から「網の関係で」韓国へ出稼ぎに入った人があったと聞いている、とのことだった。女の人も一緒にいったという。
釜木漁港のすぐ傍でヒジキ採りをしている海士(あまし)。この地域はいまも潜水漁業は男の仕事らしい。
釜木漁港
その昔この海を櫓舟で漕ぎだして韓国を目指したのである。
釜木小学校跡。集会所になっている。
釜木集落
E
平礒遠望。下の海は右は伊予灘、左奥にF釜木漁港がある、
平礒の大タブノキ
お気に入りのホンダスティード600

旧・神松名村を訪ねた(5月16日〜17日)。