2007年月日
海南新聞
1909(明治42)年
1月13日
馬新聞

1909(明治42)年1月13日 

●満韓移住奨励
我移民政策は北米合衆国及び加奈陀の排日運動以来全然一変して爾来同方面への移民を絶対に禁止すると同時に 昨年来南米秘露(ペルー)及び伯剌西爾(ブラジル)方面へ少許の移民を渡航せしめたるに 現在のところにては成績良好ならず 今後同方面への移民は大に考慮を要すべき状態に在るを以て当局にては満韓地方が比較的土地豊饒にして諸種の耕作に適するに拘らず従来この方面へ移住するものなきを遺憾なりとし目下其移住方法につき調査しつつあり 尤も韓国にては東洋拓殖会社により今後多数の農民を移住せしむることとたるべきを以て専ら南満各地に殖民的設備を施し同地への移住者へは露西亜西刺伯移民に対し四百留宛の補助金を与へつ丶あるが如く相当の保護を与ふる方針にて目下之が財源につき審議中なりと



1909(明治42)年1月13日 
●韓皇御巡遊と御諚
韓帝は九日軍艦吾妻に臨幸の際左の御諚を賜りたり

朕が今回の南方巡覧に対して伊藤統監の寒雪に拘らず朕の為に此の地に来到したるは朕衷心より喜悦する所なり 中に就き貴国 天皇陛下の深厚なる思召に拠り特に二艦隊を派遣せられ朕親しく来臨して卿等に面接し中心の欣悦比ひなし 朕は茲に卿等と杯を挙げて遥に 天皇陛下のご健康を祝す

尚韓帝は御発輦以来御健康にて大邱行在所御駐輦の翌朝の如きは親ら大臣の室を訪はれ給ひし由にて 一同祝し合へり 又京城の皇后並に東京の皇太子殿下には其の都度一々親ら御報あり 陛下には着釜以来日韓民の熱誠なる奉迎を嘉みせられ 屡々優渥の御諚ありし由にて
釜山に達し

朕初めて此の地に来り親しく諸般の状態を見て茲に朕の邦なるを知れり 朕に於ては釜山は茲に始めて生まれ出でたる如き感あり

と宣り給へりと