2007年月日
海南新聞
明治41年
12月23日〜27日
老馬新聞

1908(明治41)年12月23日
韓京通信 ((其十)) 京城にて 清家榮三郎
○(省略)
○一夜外出し××この『スリチビ
(居酒屋)』を覗く。矮屋軒低うして燈火煌煌たるあ×り、角面短身の韓国人酒を持ちて立ち、四五の韓人その下に踞して一×の肉を舐り居候 更に其の傍を見れば、皮のみを剥ぎて湯出たる牛の頭、白く形の儘に据へあり候。もの凄き光景に候はずや。
○×も彼等は意に介せず、牛の如く飲み、馬の如く食ひ居候。誠に之れ一幅餓鬼道の図、心ある者よりして是を観ば、憐れむべく歎ずべき限りに候へども、修養なき彼等亡国の民は、焼き付く如き獣肉の香、咽ぶが如き悪烟の匂幻惑せられ候て、他を顧みるに暇なく、その本能の欲を満たすにのみ急なるもの有之候。
○「スリチビ」を説いて、筆端思はずも韓民を相貶し候。されど茲に一事の推奨すべきは彼等の礼儀に篤く、男女の別を重んずることに候。たとへば如何に乱酔して街路を通行致し候共、また「スリチビ」に於て酌婦に対し候ても、決して所縁なき婦女には戯れ申さず候。之れ等は流石に礼文ある古国の俤を存せるものと深く相感じ申候、と褒めて今年の納筆と致し候。(十二月十七日)

1908(明治41)年12月24日
●水産組合設置認可
本県水産組合設置認可は一応主務大臣の認可を得べき筈なるが主務省は二十三日付を以て認可の旨県庁へ通知し越したり 組合に対しては近日知事より認可せらるべし
●出漁奨励金下付
県庁にては廿二日を以て県下の角遠海漁業組合に対し金二千円を奨励金として下付したり 組合は二十三組合にして最近の出漁者二千五百余名、此収入三十四万二千余円なりと


1908(明治41)年12月24日
●満韓の交通機関
満韓に於ける鉄道連絡に関しては単に郵便物のみに止めず進んで運輸上の利便をも開始せん筈にて目下之が計画着々進行中なるが遠からず実施に至るべく 又満州に於ける電話機関は既に大連、旅順、金州、柳樹屯、瓦房店、大石橋の各局 及び遼陽奉天、鉄嶺長春の相互間通話完成せるも 大石橋遼陽間の架設工事未了の為め旅順大連と鉄嶺間の開始を為すに至らず頗る不便の状態なるより 頃来該区間に於ける急施工事督励中なれば同長距離の通話を見るも近きにあるべし


1908(明治41)年12月27日
●樺太移住民貸付地
樺太庁にては明年四月以後の解氷を待つて農業移民百五十戸を収容するの計画を立て 北陸東北地方及北海道に向つて募集に着手したるが 貸付地は西海岸真岡地方の原野、中央鈴谷、内淵原野の一部亜庭湾地方等にして
 移住民には未開地七町五反歩牛馬、種物及び家屋に至るまで貸与する筈なりと