2007年4月10日
海南新聞
明治41年10月16日〜21日
老馬新聞

1908(明治41)年10月16日
●拓殖株応募勧誘
東洋拓殖株式会社株式を来月一日より募集するに付 右応募勧誘を若槻大蔵次官より知事へ依頼し越したりと

1908(明治41)年10月17日
●拓殖の農民移住期
東洋拓殖会社は其の成立と共に事業を開始し 本邦よりの模範農民を各県より選定し 之を韓国に移住せしむる如く伝ふる者もあれども 当事者の談によれば 明年一杯は準備の為に費され了るべく 明年末頃に到り多少移住せしめ得るに到るべきも 其れとても極めて少数なるべく 明後年の末頃に到り始めて稍多数移住せしめ得る見込なりと

1908(明治41)年10月17日
●二木生生産業信用組合
西宇和郡二木生村植田卯吉外十九氏は有限責任二木生生産業信用組合を起し 組合員に対し産業資本貸付及貯金の便宜を与ふることとなり今回その筋の認可を申請したり

1908(明治41)年10月21日
●在韓本県人の地位
本年は韓国各居留民団の議員改選期に相当せしが 霊の居留民長官選令に対する反抗として 各地共競争激烈を極めたるが 本県人中釜山にては国松磊奇智氏、仁川にては小笠原忠一氏及び今井忠雄の三人何れも首尾よく当選せりと云ふ


国松磊奇智:『愛媛県会議員略伝 第二編』(明治33年10月 奥村次郎編)に登場する「国松磊奇智」と同一人物か。1868(明治元)年北宇和郡高近村に生れる。父は前県会議員。酒造、木蝋製造業。株式会社岩松銀行専務取締役。南予運輸株式会社専務取締役。徴兵参事員、郡会議員。1899(明治32)年9月愛媛県会議員。

1908(明治41)年10月21日
●韓国移住漁業
西条町大字明屋敷藤田峰吉一家五名は今回韓国馬山浦へ移住して漁業を営む由にて 本県漁業聯合会へ補助金の交付を願い出たりと