老馬新聞

1908(明治41)年11月8日
●拓殖募株の方針
東洋拓殖会社は一日より株式の募集に着手したるが 嚮(さき)に満鉄募株の際其申込価格非常に昇騰したるを以て 世人或は今回の拓殖会社の募株に於ても亦幾分額面以上の評価を見るなきやに就き非常の注意を払いつつありしも 元来該会社の経営は最も地味なる上に当局者は漸く順潮に向かひつ丶ある我経済界に於て 徒に人気を煽つて株の暴騰を計り之が為に再び国民の投機心を刺激するが如きは最も嫌悪せるを以て 該会社の株券は彼の満鉄募株の如く暴騰をなすことあらざるべしと


1908(明治41)年11月10日
●韓京通信 ((其六))
二日 京城にて 清 家 生
▲一昨日三十一日慶照宮に於て日本赤十字社韓国総委員部第一回総会を挙行せられ候。其名の示す如く韓国総委員部総会は今回が始めての事に付 式場の飾付、余興演技場並に模擬店の設備なども殊の外大仕掛にて参列せる来賓及社員の目を驚かし候。而して当日参列せる社員の数は無慮三千人と註せられ候。
▲式は午後一時半一声の爆竹を合図として開かれ候。式の順序及総委員部現況は別紙に依り御承知下され度候。其際韓国皇后陛下より賜はりたる令旨は左記の通りに有之候 以て韓国皇室が如何に我赤十字事業に御協同遊ばせら丶かを想見すべく候。
▲令旨。惟に赤十字の事業は人道博愛の大義に基き、兵戦其他災禍より生ずる傷病者を救護するにあり。其事や至善、其の業や至美なり。列国相競て此を伸張拡大せん事を想ふ、善哉。客歳
(昨年)日本赤十字社韓国総委員部を京師に創設するや、朝野風に望で其趣旨に賛成し入会加盟するもの日に相踵ぎ、今第一総会の盛典を挙ぐるに至る、嘉尚曷勝へん。予は我国民の滋々協力淬励して此事業の拡充に資し、以て宇内の進運に後れざらんことを望む、勉めよや。
▲式終りて後、火災救護の為の演技有之候。之れ誠に余興としても面白く候へ共、尚ほ赤十字事業の一面を実地に説明するものとして、至極格好なる思ひ附と存じ候。果して韓人中には之が為め多大の感動を受けたる者有之、小生に向つても頻りに其旨を申し居候。
▲一昨日は昌徳宮内に於ける秘苑拝観いたし候。秘苑は秘苑にて茲に其詳細を報道するを憚り候へ共、固と此の宮は太祖李成桂の建造する所に候ひしが、彼の文禄の役に先立ちて焼失し、光海君の元年即ち後陽成天皇の慶長十四年に再建せられたるものに御座候。
▲流石に天子御造営の名に背かず地域頗る広大にて、殿堂、門郭壮麗をを極め、林泉四流し丘陵××として、蒼松鬱森、幽邃静寂を極め居候。秘苑とは宮内省×閣以北を指したるものにして、禁×禁苑、斧斤入らず銃声聞かざれば、××群鳥悠揚として飛翔し、鹿羊獐兎の群遊せる寔に(まことに)仙寰に遊ぶの思ひ有之候 怱々

1908(明治41)年11月11日
●西宇和郡神松名村通信
(前略)
▲本村より韓国へ出漁せる者にして帰国途中福岡県に於て虎列拉病に罹り二名死亡せり 目下弗々帰国する者あるに付 当局者は此帰村せしものに対し夫々予防方に付相当の注意をなしつ丶あり
▲(後略)