老馬新聞

1908(明治41)年11月7日

●韓京通信 ((其五))
京城にて 清家瑩太郎

▲(オイコで豚を運ぶ老人の話 省略)
▲珍らしいと云へば、小生当地へ参りてより珍らしいと思ひたる事柄 今一つ二つ筆のついでに書き附け申し候。先ず第一に数ふ可きは烏に候。烏は昔より黒いものと極り居候ところ、韓国の烏はさに非ず候。最も黒の斑点は有之候へ共 白地の方が七分にて飛び交ふ姿を見ては寧ろ鷺とも申したく、体も日本のよりはや丶小さく候。諺に所かわれば品変るとは云ひ伝へ候へ共、白い烏とはアマリの変りやう、珍しさの頂上と存じ候。
▲(当時の30分の時差の話 省略)
▲其他、大人のウスノロなるに反し小児の非常に敏捷なる、花婿に比して花嫁の必ず年長なる、将た韓人に白菊石
(あばた)の多きなど、書けばまだまだ書くべきこと沢山有之候へども、そは後日更に機を見て報道致すべく之れにて擱筆仕り候((十月三十日))

1908(明治41)年11月7日
●統監帰任
伊藤統監は来八日東京出発 数日間大磯滄浪閣に静養し十四日頃渡韓すべしと