2007年3月6日
海南新聞
明治41年
7月1日~10日

1908(明治41)年7月1日

●暴徒撃退方針

 韓国暴徒今後の形勢如何によりては 或は西部師団より一個旅団を派遣するか 又は当番師団の歩兵第二十七連隊をして鎮圧の任に当たらしむる筈なるが 万一暴徒勢力増大なるが如きことあらば 更に詮議の上 鎮定部隊を定め派遣すべし との意見 当局者間に一致居れりと


1908(明治41)年6月24日(理解便宜のため再掲)

●出漁信用組合設立

 西宇和郡神松名村同盟組合は今回産業組合組織として 全村を区域として 有限責任神松名遠海出漁信用組合と改称し 清韓其他へ出漁するもの丶便宜を図ることとなり 昨日其設置認可を申請したり


1908(明治41)年7月8日

●信用組合設立許可

 西宇和郡神松名村有限責任神松名出漁信用組合設立の件は昨七日を以て許可せられたりと


1908(明治41)年7月9

●韓国自由港説
昨今一部の有力者間には 浦塩斯徳(ウラジオストツク)の自由港閉鎖を期とし 韓国の一開港場に一大自由区域を設け 以て北韓南満方面の開発を図るべしとの説を主張するものあり 時節柄多少研究の価値あるべしといふ

●伊藤統監奉答 七日午後発
京城電報に曰く、日高侍従は本日入京 直ちに伊藤統監を訪ひ 内閣総辞職に付 善後策ご下問の大命を伝へたるに 統監恐灈 詳細に奉答する処ありたり

●雑記 雑記の無味単調に失するも面白からず 少しく風変りの文字を羅列せん(抜粋)
▲人生 の目的は富致以上の高処にありと無辺子青年を戒む 青年曰く 高処に在は恋愛
▲韓人 は先天的に独立の出来ぬ国民と某朝鮮通語る 日人は先天的に貧乏性の国民か


1908(明治41)年7月10日

●仁川商信 在仁川 井川芥舟

 聚雨一過 長橋静かにして 残虹飛浪里の穹を彩るの時 東海三千里 我崇敬なる予陽の愛読者諸君 倍々勇健に亘らせられ候哉 依例 韓国貿易会の休暇時期に入りたる当地 目下の商況一斑左に御報導申上候
▲沈痛の正米界 其後天候不順の為 出回減退 寂として市場は殆ど休息の状を呈し居り申候処 再昨日頃より 忠北方面より琑少の輸入有之申候 爾後坂神の飛報は切りに小絞を齎し来るにぞ幾分溌剌の気配を示し来り候得共 如何せん估客としては 単に地場消費口の小需用のみ 依りて其の命脈を継ぎ 剰
(あまつさ)え昨今精白米の大連及南清方面の売行頗る渋滞し来りたるを以て 斯業者間に一大恐慌と警戒とを来し 貿易商間の輸出向としては 未だ七八十銭の割高なるを以て 到底算当出合不申 旁々四囲の状況肅条 何となく前途は頗る沈痛の歩調ならんかと見受けられ申候 相場は黄海道白川改良十円七十銭 上印十円三十銭 海州産上九円七十銭 口印九円三十銭位にて力武、松尾、済物浦、の各精米筋に弗々手合せ出来居り候 
▲急転の大豆界 本期貿易界に一大狂乱瀾を咸起し為に斯業者間に一大痛撃を加へたる怪物大豆界の間歇火山的変転こそ実に神出鬼没 予想天外 殆んど端倪すべからざる激動に御座候 目下坂神関門の荷悶
(?)品は実に数十万石を産し 剰へ遠く哈爾浜、鉄嶺の割安物滔々として輸入さる丶を以て 一般外科的大手術の近きに有らんものと 均しく憶測の胸を痛め 戦々恐々殆ど手を下すもの無かりしに 何ぞ料らん青天の霹靂のそれの如く 一躍して松本商店の長端裸物五円五十五銭に一驚を喫し 再騰して四十銭高 即ち同長端裸物五円七十銭にて荒井商店に約二千五百叺の手合せ出来候 七桶斗料物一大偉観にて満場の耳目を聳動致し申候 又しも本日阪地三十銭高の入電は遍く在荷尠少の市場に喧伝せられ 勃々として活躍の気は市場の空を覆ひ申候 本日の出来相場は
大豆竜山物((叺入一石)) 六円三十銭
仝  長端物   仝    六円十銭
仝  金川物   仝    五円八十銭
仝  助甫物   仝    五円六十銭
仝  水原物   仝    五円六十銭
位に御座候
▲落莫の小豆界 本下半期小豆界の沈静は又近年稀有と申す可し 阪神方面に於ても我が韓国産の一大怨讐たる北海産の為に端なくも販路を蹂躙せられ 在荷僅少にも拘らず不捌けとの悲報に接し 剰へ関門方面は勿論木浦群山方面の販路も蔽遮せられ悄然たる残骸を提げ来りて 市場の一角は奄々たる暗愁の息を吐ゐて 竜山大玉六円十銭 黄海道赤並品五円十銭替にて 庄野、内海、の各商店に乍小口昨今倉囲物等の手合出来申候 尤も帆船物等の特選需要口も有之候は丶゛二三十銭方の上値は有之可く候へ共 兎に角今後の活躍は到底願望の余地無之様見受けられ申候
▲零丁の小麦界 三千の寵を鍾めたる傾×の一色も一朝悲衰の劫風すさまば半夜孤燈明滅の下 落魄追懐の涙なくんばあらず 一時市場の花役者を以て目せられたる小麦界八円五十銭はその全盛時季なりしと申可く 其後出廻減少にも拘らず 某日人製造家買占筋も機械の破損に付き買控へ 韓人側の思惑筋も其の需用漸く充満したるもの丶如く望人
(のぞみて)も無之 頓と需用の声も揚り不申 岑城廻り極上物にて六円九十銭 普通並品にて六円十銭処の見当相場に御座候 最早新物出廻季も接近仕候こととて 今後の成行きは依然此辺の相場を保ちて終決を告ぐるならんかと奉存候
▲其他の雑穀界 一時韓人米商側の渇仰に依りて十二円六十銭迄に躍進したる糯中白も漸く彼らの枯渇を医し得たるもの丶如く 昨今望人も余り無之 鳥致院物にて約十二円位の見当相場に御座候 蕞爾たる鼠族三尺の地下に蠢くが如くにして 遂に活躍の気運に逅邂し得ざりし不遇の荏胡麻界は又しも零丁の鉄槌に圧迫せられ漸く五円二十銭の残骸を止め 弱持合に御座候 尤も時節柄にも御座候へ共 観じ来り念じ去らば転た今昔の感に耐へず候 蓋し空前未聞の不振と奉存候豕豆の出廻も暁星落莫只に韓米商側の取引に止まり 上物六円二十銭位の出来に御座候 籾も玄米界の沈痛に聯れて自然引立ち不申 極上物五円十銭弱持合にて谷本、力武、の各摺米筋は手合出来居り申候。
▲有為の牛皮界 一時阪地の情報は絶対的悲観説を唱へ 殆んど奈落の深潭に臨みたる牛皮界も商海一浮一沈の理に洩れず 傾者阪地の来報「在荷減少」は激しく 斯業界に一道の慰安と一縷の光明とを伝へ 漸く愁眉を開き申候 最低十斤廻百斤十九円迄に沈淪したるも漸く阪地も隔日に底入りしたるが如く 日前客主万寿昌の囲物約二万五千斤二十三円替を以て高杉商店に手合出来申候 其他庄野 野古木の各商店にも 漸次腰入買付の模様に御座候 旁丶活気勃々の状態を呈し来り『山雨将到風満堂』の気配に御座候間 圯橋欄頭に履を捧げたる偉人のそれの如く 痴漢股下の辱に屈したる英傑が近き将来に於て再び破荒天の壮挙有らん事期して待つ可きもの有らんかと存知奉候

以上我愛媛の斯業者諸卿の御参考の一餐にもならば幸甚に耐えざる処に御座候 何れ今後の変動は茲旬後を期して詳細御報申上可く 先は右御通信申上度如斯に御座候 頓首((六月廿八日午後八時半発))
 
 

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