2007年3月6日
海南新聞
明治41年
6月7日

老馬新聞

1908(明治41)年6月7日

●韓国鎮定方針

 韓国に於ける暴徒鎮撫の為め 新たに我二箇連隊を増派する事となりて以来 暴徒発生の電報俄かに止めたるが 二ヶ連隊の増遣隊が 今より十日前は 威儀堂々仁川より上陸し 直ちに予定の配備に就きたるより 暴徒に多大の警戒を与へ一時姿を隠し沈静を装い時期の到来を待ちつ丶あるに非ざるか

韓国に於ける暴動鎮撫の方針は 曩
(さき)に陸軍当局と統監府との間に協議を遂げ 其大体を決定し 之が実行方法に関しては 宇佐川軍務局長渡韓の上 愈々一昨日伊藤統監に会見協議する所あり 其方法は固より秘密に属するも 其大体の方針は 駐韓守備軍隊を 小は一小隊より大は一中隊に分かち 各地要所に駐屯せしめ 常に警戒を加へ 暴徒の発生せる場合直ちに出発するの準備をなし 一方には日本憲兵警察隊を組織し日本憲兵二千名 之に韓国巡査六千名を以て成る治安警察隊を組織し
 日本憲兵一名に付き韓国巡査三名を付して各地に分遣し 其他韓国人の諜者を使用して暴徒と良民の区別を識別し かねて暴徒の動静に注意し 諜者は一々治安警察隊に報告し 治安警察隊と駐屯軍隊との間 常に通信を敏活ならしめ 治安警察隊の報告に依り 軍隊は直ちに行動を開始する事とし 両者の連絡を一層密接ならしめ 平素は治安警察事務に全力を注ぎ 良民を保護し 暴徒を鎮圧するにあり

従来動もすれば 治安警察隊と軍隊との間 意志の疎通を欠き通信円滑ならず 加はふるに言語不通の軍隊が韓国人に接する場合双方に種々の誤解を惹起し 良民を暴民と同視したるの例少なからず 従つて我軍隊の真意を誤り暴徒に投ずる者あるなど不便ありしに 今回は重きを治安警察隊の報告に置き 事情を詳らかにし 軍隊は其必要に応じて鎮撫の手段を採るに至れるは 全く台湾に於ける土匪鎮定に関する方針に則りたるものにして 必ずや多大の効果を奏するに至るべしと