1908(明治41)年5月10日 

●暴徒大掃蕩
 韓国統治の要は恩威並び行ふにあり。恩を以て懐柔し 威を以て嚇圧す、未開の民を御するの策 概ね二者を出でず。頃者、更に一旅団を増派氏暴徒を根本的に艾除せんとす、ムシロ其の晩きを憾むのみ。

1908(明治41)年5月14日
緑陰偶筆 清潔は国運発展の妨害
清潔好きであるといふは吾々日本人の一美徳である、然しながら この清潔好きという美徳が一面に於て我国民発展の一妨害となつて居るといふことは吾々の一考せねばならぬ問題である、例せば 邦人の満韓に行くもの、動もすれば 土着の満韓人を不潔として侮蔑するの風あり、甚だしきは苦力
(クーリー)に食物を与ふるに 膳の無きは勿論、丼鉢の飯に肴や野菜や、漬物を乗せて遣るといふ風で 丸で犬猫扱ひをして居るのである、彼等は別に不平を云はず之を食うては居るさうであるが、彼等亦た心あり 豈に快く感ずるの理あらんやだ、満韓の土人固より不潔なるに相違なし、然しながら 彼等を不潔と侮蔑することの 彼等をして我に反感を抱かしむるの尋常ならざるを忘却してはならぬ、予之を某軍人に聞く 我邦の馬の荒きは、邦人が馬を不潔とし之を愛する情の少なき為めである。我邦の馬も支那人が扱へば直ちに温順になるを見ても分かると、動物猶ほ且つ然り、況んや多感多情の人間に 於てをやだ、邦人の清潔を好むは可なり、然れども一段劣る満韓人の不潔を厭ひ彼等を侮蔑するの態度は大に慎み改めねばならぬことである((松嶺))
2007年3月8日
海南新聞
明治41年
5月10日~14日

老馬新聞