2007年2月25日
海南新聞
明治41年3月4日
老馬新聞

1908(明治41)年3月4日 

●鴨緑江の鉄橋工事
鴨緑江大鉄橋工事は愈々統監府においてこれを行ふことに決し 来三月中旬より起工するの運びに至りたる由なるが該工事費は約二百万円なりといふ

同日 1908(明治41)年3月4日
●韓国の貨幣制度
韓国には従来幣制として見るべきものなき有様なれば従て流通し来たれる通貨も極めて不完全無秩序なる姿なり 韓国古来よりの通貨としては僅に葉銭のありしに過ぎず こは我一厘銭に類似し 彼の字替銭と称せらる丶もの丶多くは是なるが 現今専ら全羅北道全羅南道の田舎に流通せり 而して日常一切の諸支払より租税の上納に至るまで唯一此ものにて用を便ずる訳なれば 取引の為め其多額を持ちて市場に至る場合 若しくは他郷へ長途の旅行を為す時などは銭緍を牛馬に運搬せしむるが珍しからずと云へば其不便の様は想像の外なり 韓人が由来事理に暗きも 是等の不便あるにより余り交通を為さず 自然知識の交換など云へることの行わはざりしも慥かに其一因たらん 次に稍古く行はる丶は韓国固有の銅貨及び白銅貨にして 我半銭及び白銅に
酷似し
 其銘貨は半銭及び二銭五厘なり 前者は現今韓国全土に流通するが故に韓国普通貨の称あり 次に僻遠の地を除き広く流通するは我銀銅貨にして 京城及び開港城付近には第一銀行券も流通せり
貨幣の価格 葉銭は韓国固有のものに我寛永通宝等の混交し居れり 此相場は物価の変動に連れ恰も商品の如く昂低あり 大抵百文十五割乃至十八割位の間に在りて 小貨なれば不便なるに拘らず最も信用を置かれ容易に流通せらる 而して専ら中
ママ清道に流通するは白銅にして 葉銭の如きは全く行はれず
韓国の悪貨
ナップン トン) 韓国は幣制の不完全に加ふるに警察制度の不備なりしが為め貨幣の偽造盛に行はれ 就中明治三十三年頃より三十五六年迄の間には白銅の偽造甚だしかりしが 主として日清人の所為なりしが如し 当時日本人は大坂に本拠を置き僅かに一個八厘くらいの経費にて盛に韓国白銅貨を偽造し 之をセメント樽醤、油樽又は材木の心に穴を穿ちて詰込み密輸入を為したるが 仁川に於いて陸揚げの際材木の海中に落ちたるに水中に沈みたるにより不審を抱かれ発覚したることもありたり 斯くも一時偽造白銅の盛に行はれたるが為め 韓人等は之を悪貨(ナプン ママ)と称し取引の際に大に注意せり 然れども奇怪なことには此悪貨の全く流通せられざるにはあらずして唯だ銘貨に比し取引相場の稍低くありしに過ぎざれば 此一事を以て見るも韓国の貨幣制度の不備不完全なるを想像するに難からざるべし
白銅紳士 仁川群山木浦には現に日本人にて白銅紳士と称せらる丶金満家ありて其勢力侮り難き有様なるが 世評の儘を云へば 彼等は偽造白銅を取り扱ひて一攫千金の李を得たる人々なりと称えおれど 万更根拠なき言草にはあらざるが如し
内地における取引の不便困難 韓国の貨幣制度は一言にして尽せば 殆んど混乱の姿に在ると云ふも過言にあらざる状態なれば 少しく内地に至れば僅かの取引にも 先づ以て貨幣の相場を定め置き甲貨の乙貨に換算するが常なれども 地方によりて貨幣の種類により 相場の非常に異なるにより 損失を甘ずるか さらに不便を忍びて他にて両替をなし来る迄取引を延期せざるべからず されば内地の取引には其地方の如何なる貨幣を主として流通するや 及び其相場等を調べ予め適当の準備を為して出発せざるときは意外の失敗を招くこと多し
新貨幣制度 貨幣制度の不備により 京城及び開港場を除きては 取引にも困難を感ずるのみならず 種々なる弊害の之に伴ふものあるが故に 統監府も茲に見る所あり 韓国政府をして我に習ひ 貨幣法制定して三十九年十二月より之を実施せしむるに至りしが 其貨幣は銀銅貨共に量目大小形状等を全く我と同形式にして唯国名及び少しく紋章を異にし我造幣局の製造に係れども 韓人達はなお之を日本貨と称し居れり 而して将来新貨幣を以て一段に流通せしめると共に 漸次旧貨を廃止せる方針なれども未だ新貨の発行数多からざると旧貨さへ地方により其流通の状態を異にする有様なれば 之が全部の引き換えを見るに至るは 前途尚遼遠なるべし