2007年2月25日
海南新聞
明治41年2月29日
老馬新聞

1908(明治41)年2月29日 

●韓国の教育
韓国には従来教育制度といふものなく 従て亦国民教育は夢想にも及ばず、殆んど我国の寺子屋時代にも劣れる有様にして 僅かに地方の富豪が時に家庭教育を施す位に過ぎず 教育機関などは皆無の姿なりしが 我保護の下に立つに及び 漸く普通学校の設置を見るに至りしが 是れとても重要なる都市に散在する位なれば 僅かに小学校の範を示したりと云ふに過ぎず。普通学校の学科目は略ぼ我が尋常及高等小学校程度にて 韓国学部の直轄に係り 総て校長は日本人を以て之に任じ鋭意指導を為し居れり 現今各校の学童令は十歳より二十四五歳位にして 一校に五十人乃至百人を収容せり、かくの如き有様なれば 義務教育を実施する迄には尚幾多の歳月を経ざるべからず 又田舎地方にては韓国政府の方針に基き当分小学校令の実施を見るに至る迄の補ひ 且つ其準備として 観察司及び郡主等協議の結果 各所に塾の如きものを設置し日本教師を傭聘して子弟教育の任に当たらしめ居れるが 学生の学業成績は一般に良好なる由、尚韓国にて小学校令の実施を見るは今後幾多の歳月を竢たざるべからざる有様なれば 現今是以上の程度の学校の設備なきは固よりのことなるが 当局に於いては小学校令実施までに漸次普通学校を増加して其普及を図る方針なると同時に 統監府も亦 経費の許す限りは 日本人を校長及び他の職員に任じ 教育の効果をして全然日本的に同化せしむる方針なりと云ふ。
現今韓国に在住せる日本人は約十万人と算せられ 従て子弟の数も頗る夥多なるが 大抵は各所の民間立尋常小学校に通学し居れり この民間立小学校は京城を初めとし仁川、元山、釜山、群山、鎮南浦、木浦等に在りて 教育の設備方針は毫も内地の小学校と異なる所なきのみならず 京城民団立尋常高等小学校の如きは其規模建築の洪大にして且つ整然たるは内地すら見がたきほどなり 又韓国内地の日本人部落に於いては各自適当の教育機関を設けて専ら日本人の子弟教育に当て居るが 傍ら韓人の子弟を入学せしめしかば、来り学ぶもの多少は之れ有る由 尚邦人の為めにも中等教育機関の設備は更になく学校に学ばんと欲するものは態々内地に出向かざるげからざる不便あれば 遠からず中学校及び普通実業学校の設置を見るべしとのことなり