2000年07月01日土曜日
天気快晴 梅雨前線は日本海にあり 暑い
出来事1学期の授業は今日で終わり 来週はテスト
  

 ハンセン病療養所の在日朝鮮人

 金永子先生の論文『国民年金法成立とハンセン病療養所の在日朝鮮人』、研究ノート『全患協ニュース(第1号から第700号)に掲載された在日朝鮮人ハンセン病「患者」等に関する記事』(ともに四国学院大学論集<1999年7月、同12月発行>所載)を読んだ。

 論文によれば、1999年現在、

 
 

  • 日本にはハンセン病療養所は、国立が13、私立が2である。
  • それらの療養所に約5000人が生活している。
  • そのうち245人が在日朝鮮人である。
  • その245人の約半数は岡山県の小島長島にある長島愛生園と邑久光明園の二つ国立療養所に属している。

 

という。

また、1955年現在の日本人総人口に占める療養所収容者の比率は0.011%(1万人にひとり)だが、同時期の在日朝鮮人人口にしめる療養所収容者の比率はなんと0.11%(千人にひとり)、10倍だという。このような差が生じる原因を論文は次のように分析している。

 
 

 療養所に収容されている朝鮮人の割合が日本人に比べて高い理由について、日本での強制連行や炭鉱などでの過酷な労働とその後の貧困な生活等によると推測できる。また、朝鮮半島での患者数が多いこととも関連していると考えられるが、なぜ朝鮮半島で患者が多いかを考える必要があろう。植民地支配と関連している側面があるのではないか。 

 

 劣悪な栄養状態と不衛生な環境がハンセン病を発病させるらしいので、こういった分析も十分ありうるのであろう。今後の研究が待たれる。
 こういう背景を知ると、水害の後遺症と食糧難に苦しむ朝鮮(DPRK)の現状が、あらたなハンセン病患者を生むことにならなければよいがと懸念される。

 1959年4月に国民年金法が成立し、療養所に収容されている人々にも年金制度が適用された。それまで苦しい生活を強いられていた収容者たちにとっては「朗報」であった。

 ところが、この法律が「国籍条項」をもっていたため外国人である在日朝鮮人はこの制度から排除され、生活苦の上に療養所内での新たな国籍差別のなかにおかれることになった。

 この論文は、この国籍差別の撤廃を求める収容者たちの運動の歴史をたどったものである。

 収容者たちの血のにじむような運動は、厚生省官僚の条文絶対行政によって跳ね返され続ける。ところが、1982年1月1日に難民条約が発効するやこの国籍条項はあっけないほど簡単に撤廃されたのである。

 日本の官僚は解決の道を自分の頭で考えだそうとしない。

 
 

〔参考資料〕小学館百科事典(1995年版)によれば

  • 世界のハンセン病患者数は正確には分からないが、1000万人以上といわれる。
  • 大半は東南アジアに集中
  • 治療を受けている患者は200万人〜300万人
  • 日本での第1回らい患者調査(1902)では3万0393人、第3回(1919)では1万626人。
  • 現在は8000人、そのうち病気が活動期にある人は約20%
  • 日本の患者は全員入院治療である
  • 沖縄では特令で外来治療が行なわれている
  • らい病は一般的には感染しても発病しない。
  • 乳幼児期を患者とともに過ごした者のうちから発病する
  • 遺伝病ではない