入佐村残影 巨済島・長承浦(Changseungpo)


植民地朝鮮への移住漁村として、「愛媛村」と並んで成功を収めたという「入佐村」があった場所が、今、「海金剛」・「ヨン様の外島」・「絶海の孤島紅島」への観光基地として知られている長承浦(チャンスンポ)であった。下の写真の辺りが「入佐村」があった場所らしい。



  昼食をとった食堂のおかみさんが、日本コリア協会・愛媛東会長に日本人が住んでいた集落のあった辺りを教えている。



長承浦の入り口である。



 地元の人が日本人の住んでいた集落についていろいろ説明をしてくれた。



下の写真。ここは先ほどの長承浦の写真の対岸であるが、ここにも日本人の建てた建物が残っているとのこと。「ヨン様の外島」行きの船の出港時間の関係でその建物の確認は割愛した。



下の写真。観光船は時化の海をザンブザンブと乗り切って外島にたどり着いた。左から五人目、超ヨン様ファンのくりちゃんは特にご満悦。私はといえば、なんと数年前「外島」がヨン様と関係がないころすでに訪れて島だった。そのことに船が着岸する直前に気づいたというのだから、けっこうぼけてるなあ。時化のため「海金剛」は外から眺め、「紅島」見物は中止された。