愛媛村残影 八浦 4


植民地時代、ここ三千浦・八浦から晋州まで鉄道を敷設する工事が進められていた。この工事は結局日本の敗戦で途中放棄された。しかし、このとき鉄道工事に従事する朝鮮人労働者の指揮をとった日本人役人の官舎が残っていた。下の写真。



下の写真。上の建物を表側から見た写真。今も一般住宅として使用されている。朝鮮の建物は赤松を使ってあり寿命が短いそうだが、日本の建物はヒノキ作りで今も健在である。



下の写真。「団体山」の裏側(北側)に大きな道があるが、これが鉄道敷設用地の跡だそうだ。



地元の陶芸家・宗seonsanさん、地元新聞「泗川新聞」代表理事・朴sanggilさん、同じく編集理事・李donghoさん、ガイドさんの親友さん、ガイドさんの5名の地元韓国人とともに昼食会。ここの「suyuk(水肉)」は初めて口にする料理。絶妙の味だった。