「愛媛村」の残影

泗川市八浦を訪ねて 2


下の写真。「八浦を訪ねる 1」の最後の写真と同じだが海岸の様子がこちらのほうがよくわかる。手前が日本人が建てた倉庫である。今建物のある辺りは砂浜であった。道路(を含めて)から左は海だったわけだ。町の向こうに魯山が見える。このあたりは今は観光地にもなっているようで、派手なモーテルが数軒並んでいた。



下の写真。「団体山」から「頭山(モクト)」をみる。



下の写真。「団体山」から「ハーヤンゲ」の海岸を見る。「ハーヤンゲ」の向こうには火力発電所が出来ている。下の道路は「愛媛村」当時は海だったと思われる。



下の写真。「団体山」から町全体を見渡す。日本人が「移住漁村」経営を始めたころ、日本人が地元の朝鮮人を追い払ったのかもしれないと思い、地元の案内をかって出てもらった方にそれをお聞きしたが、当時地元の朝鮮人は山に近いほうで農業を営んでいたということだった。



「洗濯川」(錦興川)、「団体山」をバックに記念写真。ガイドさんが後列左から三人目の女性(ガイドさんの親友)に連絡を取ってくれ、この女性の知り合いである後列一番左の陶芸家、二番目の地元新聞の社長の案内を受けることが出来たのであった。感謝。