忘暮楼日記 2006年

10月1日

日本コリア協会・愛媛 韓国旅行


10月2日から8日まで日本コリア協会・愛媛の韓国旅行だ。前回は日清戦争当時、愛媛県人が参加した東学農民軍殲滅作戦の跡をたどったが、今回は日本帝国支配下の愛媛の漁民と朝鮮との直接のかかわりを探る旅である。
1910(明治43)年日本は朝鮮を併呑した。政府はただちに日本人の朝鮮への移民を奨励したようだ。1911(明治44)年、愛媛県宇和郡内泊(現在は愛南市内)の山本桃吉氏の呼びかけのもと集落内の94人が慶尚南道・三千浦東錦里(現在は泗川市東錦洞)に移住したのであるが、彼ら到着したときはすでに県の補助金などで瓦葺木造住宅21戸が建てられていたという。
 この三千浦の愛媛村跡、同じく愛媛県魚島の漁民が移住した統営郡道南の岡山村跡、そして巨済島長承浦の入佐村跡を訪ね、現地の確認、土地の古老からの聞き取りなどをしようというのが今回の旅行の目的である。

 
三千浦東錦里の位置(現・泗川市)