忘 暮 楼 日 記
2006年2月15日

第五回3・1記念講演会ご案内


 日本コリア協会・愛媛(主催) 大韓民国民団(協賛)
 第5回 3・1朝鮮独立運動記念講演会のご案内

2006年3月18日(土)午後2時から
愛媛県民文化会館第4会議室

講師 津田塾大学教授 高崎宗司さん
演題 「朝鮮独立運動と日本の文化人」

三・一運動に際して、それを徹底して擁護したのは、吉野作造と柳宗悦であった。 二人はどうして、擁護の先頭に立ったのか、また、立てたのか。 吉野と朝鮮人留学生、柳宗悦と浅川巧との交友を通して考える。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  1910(明治43)年8月25日当時朝鮮を実質支配していた日本の在朝機関・統監府警務総監部は朝鮮での一切の集会を禁止しました。そうしておいて四日後の8月29日、日韓併合条約を公布し、大韓帝国を「朝鮮」と改称、朝鮮総督府をを設置しました。

 親日派も含めて一切の結社の禁止、朝鮮人の発行する新聞や書籍の廃刊、発行禁止処分が連発される憲兵支配下の朝鮮でしたが、朝鮮人の反日抵抗運動、独立運動は粘り強く続けられました。

 1914年には反日義兵運動がついに鎮圧されますが、その後も秘密結社による独立運動は、1910年の安岳(アナク)事件、1911年の百五名事件など相次ぐ大弾圧の後も頑強に継続されます。書堂や私立学校における民族教育は独立の気概を育て続けました。また、中国、ロシア、日本など海外での独立運動も来るべき大蜂起を支える力をはぐくんでいました。

 こうした中、併合10年目の1919年2月8日、東京の留学生600名の独立宣言を契機に独立運動は一気に高揚を迎え、同年3月1日に始まる「独立万歳」運動の幕がきって落とされました。  

 麻生外相の台湾発言(台湾の教育水準の高さは日本のすぐれた植民地政策に負う云々)をはじめとして、日本の戦前回帰派は日本の植民地政策の貢献を言い張っておりますが、朝鮮人はすでに1919年にこのような妄言に対してはっきり「否」と回答しているのです。  

 日本コリア協会・愛媛の「3・1朝鮮独立運動記念講演会」(このような名称での講演会を毎年つづけているのは愛媛だけだということです)も今年で第5回を迎えますが、今回の津田塾大学教授高崎宗司さんの講演は、3・1独立運動をまた違った切り口から考えさせていただけるものと期待しております。

ちなみにこれまでの講師および演題は次のとおりです。

第1回 2002年3月1日 韓国・ソウル大学名誉教授 李元淳さん
「3・1朝鮮独立運動を考える…歴史教科書問題への視点」

第2回 2003年3月1日  明治大学名誉教授 海野福寿さん
「日韓併合とは何だったのか」

第3回 2004年3月1日 早稲田大学・日本女子大学・大阪外国語大学非常勤講師 宮田節子さん
「『創氏改名』の真実」

第4回 2005年3月1日  韓国・円光大学助教授 朴孟洙さん
「東学農民革命と日本の兵士」