忘 暮 楼 日 記
2006年2月4日

1週間


 
ギリシアの天文学では星と大地との距離を、遠い順に
  土星ー木星ー火星ー太陽ー金星ー水星ー月ー大地
と考えていたそうだ。

 (ちなみに、この順序は現在の太陽からの隔たりの順序、すなわち
  土星ー木星ー火星ー地球ー金星ー水星ー太陽
とほとんど同じである。天動説と地動説の違いで太陽と地球の位置が入れ替わっているだけだ。月は言うまでもなく地球に一番近い。)
 
それでギリシア人は占星術の立場から、7日を一週ととして週の第一日目から順に
土・木・火・日・金・水・月
と割り当てたのだという。

 この順序は現在の週暦とはまったく違うのだが、次のように、この順序を繰り返して、25番目を改行して並べていくと「タテ」に現在の曜日が現れてくる。

@土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火
A日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水
B月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木
C火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金
D水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土
E木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日
F金水月土木火日金水月土木火日金水月土木火日金水月

 ギリシア人は、「土木火日金水月」の順序を時刻にも使用したのという。

(ちなみに、これは日本で十二支を「午の年」の「午の日」の「午の刻」、という風に「年」にも「日」にも「時刻」にも使ったのと同じことである。)

 さて、ギリシャ人は1日を24刻に刻んだ。そしてある週の第一番目の日の時刻を第1時を土から始めて、以下第2時は木・第3時は火・第4時は日・第5時は金・第6時は水・第7時は月と名づけ、さらに24時になるまで、土木火日金水月を繰り返しつないでいった。そうするすると、第一番目の日の第24時は「火」となり、第2日の最初の刻は「日」から始まることになる。
こうやって時刻に「土木火日金水月」を当てはめていくと、

第一日は土から始まる日
第二日は日から始まる日
第三日は月から始まる日
・・・・となり、ここに土の日、日の日、月の日、すなわち
土・日・月・火・水・木・金
の日が生まれこれが繰り返される、ということになる。

 そのうち、どういう経過があったのか知らないが、この順序が週暦の順序にすりかわったのだ、という説がある。

 したがって、この順序は占星術による暦表現の一つということになる。

 日本の元号は、天皇が時間を支配し、時間を通して人民を支配するための道具である。暦の持つこの役割は洋の東西を問わない。

 キリスト教がヨーロッパを支配していく過程でも、占星術に基づく週暦の呼称は当然忌避されたはずである。

 たまたま、ヨーロッパ史の本(「世界の歴史10 西ヨーロッパ世界の形成」中央公論社)を読んでいたらこんな記事があった(p93)。

 週という暦システムは紀元前二世紀か1世紀ころに、ユダヤの地からローマにもたらされたとされている。七曜のそれぞれに太陽とかつきを含めて、神格化された惑星の名前が付けられていた。

 異教時代のローマでは、木曜日にはユピテル神を讃えて休息する習慣があり、かわりにキリスト教徒の安息日である日曜日に労働した。

 四世紀の『テオドシウス法典』は、1週七曜を正式な暦法として強制し、神々の名前にかえて数字を用い、第一曜日、第2曜日・・・という呼び名を定着させようとした。

 これにより人々が日常に潜むさまざまの異教の習慣をすてて、あたらしい価値観と規範に向かうよう試みたのである。

 第一曜日、第2曜日・・・とくれば、直ちに思い起こすのが現代中国の、星期1(シンチーイー)、星期2(シンチーアル)・・・という曜日の呼び名である。中国がどのような経過でこのような呼び名を採用したのかは知らないが、いずれ人民権力が時間を支配するのだという意思の現れであるにはちがいあるまい。中世新興宗教社会と現代の無宗教社会の味わい深い符合だ。

 さて、週暦をめぐるキリスト教の戦いの結果はどうだったのか。
今日の七曜の呼び名の語源を並べてみれば、このようだ。

Sunday←--太陽
Monday←-月
Tuesday←-チュートン族の軍神Tiuの日(sは'sである)
Wednesday←-ゲルマン神話の神Wodenの日
Thuesday←-北欧神話thorの日
Friday←-北欧神話の女神Friggの日
Saturday←-ローマ神話の農耕の神Saturmの日
 
どうやらキリスト教の完敗のようだ。