2000年5月3日水曜日晴れ 長崎道でハイジャックされたバスとすれ違ったらしい    
憲法記念日におもうこと


 押しつけ憲法がどんなものか知りたければまず大日本帝国憲法をあげるべきであろう。この憲法、日本人民にとって百害あって一利なし。近隣諸国の人民の願いも勿論一顧だにされていない。天皇・政府が人民に押しつけた正真正銘の「おしつけ憲法」である。
 日本帝国は大日本帝国憲法と教育勅語と治安維持法によって経営されていたわけだが、この教育勅語と治安維持法(送検数75,681人。逮捕者数を含めれば数十万人になるという。)もまた人民に無条件に押し付けられた。

 現憲法はその成立の経過から、占領軍が押しつけたものといわれることが多い。押しつけたとすれば、占領軍は一体だれに押し付けたのであろうか。大日本帝国にであろう。大日本帝国は現憲法を押しつけられた。しかし、人民はこれを獲得した、と考える。例えば、自由民権運動の植木枝盛の主張が、非合法下の日本共産党や労働農民党を先頭とする民主主義勢力の主張が、自由を求める広範な人々のの願いが、戦争を嫌悪する人民の願いが、やっと日の目を見たのである。

 1945年10月、占領軍の指令で監獄に閉じ込められていた政治囚がつぎつぎと釈放された。日本政府はこの指令を押し付けと見、意識的なサボタージュが企てられた。しかし、政治囚から見れば求めつづけてきた自由の獲得であった。
 現憲法成立時における「押しつけ」と「獲得」は、この釈放における「押しつけ」と「獲得」とあい通ずるところがあると思う。