2000年4月18日火曜日晴れ 忘暮楼58歳の誕生日   
 オジイサンの責任 その2 


山口定さん(立命館教授)の問いかけ(再録)。

 孫に対してオジイサンの責任を提起するのは、’民族’としての責任の連続性を主張する民族主義の論理にでも立たない限り─そして私は民族主義者ではないのですが─どうしても無理がある。(『戦争責任・戦後責任』朝日新聞社)
   高校生・イチロー君は山口さんのいう「孫」にあたる世代。彼はナヌムの家で中国から50何年ぶりに韓国へ帰国したばかりのハルモニ(おばあちゃん)の手をじっと握って涙ぐんでいたのですが、涙を流した理由は聞かないままでいたのです。

 今回改めて聞いてみました。
 「イチローなあ、おまえナヌムの家でおばあちゃんの手ぇ握って泣いとったよなぁ。…30分くらい手ぇ握っとったなぁ…」
 「あ、はい」
 「あれ、なんで泣いとったん?」
 「えーとデスネ、あれは、『ハルモニは僕の手を握ってくれてるけど、本当は孫の手を握っているはずだったのになあ…』と思ったら、涙が止まらんようになったんです。」

 みずみずしい感受性、鋭い認識。こんなこと、思いも及ばなかった忘暮楼でした。

 イチローは、ナヌムの家を去るとき、訪問者用のノートに感想を書きました。

 明るいハルモニたちや、可愛い犬や、立派な聖人や、優しい人々がいるとても良い所でした。
 僕が将来ハルモニや韓半島の人々のためになにが出来るかはわかりませんが、僕たち日本人は早くごめんなさいと言わねばならないということはわかります。
 みなさま、ありがとうございました。
 「孫」の世代のイチローは、「オジイサン」たちの非道が生んだ悲劇をハルモニの手のぬくもりを通して感じ取り、「僕たち日本人」の責任を見つめています。

 イチロー君の、この「僕たち日本人」というくくりかたは、なんなのでしょうか。機会があったらこの辺をもう少し聞いてみたいです。