2000年4月17日月曜日晴れ    


 アメリカではじめて製作されたベトナム語映画だという『季節の中で(THREE SEASONS)』を観た。監督は、ベトナム生まれの20代のアメリカ人、トニー・ブイである。物語の舞台は市場経済に移行したあとのホ・チミン市である。

 初めての体験だった。スクリーンが「私の心そのもの」なのだ。一体感というのとは違う(一体感は相違を前提としている)。等身大?いや大きさのことではない。やはり「私の心そのもの」といっておきたい。

 私たちには二つの願いがある。一心不乱の願いと静かな願いと。一心不乱の願いは怒りを湧き立たせる。静かな願いは充足を生む。

 この映画では、ペンを持つ指を失ったハンセン病の老詩人と、貧しさから抜け出そうと夢見る若い娼婦と、街頭を住みかとして物売りにいそしむ少年と、ベトナムの女性とのあいだに作った娘とあいたがっている元米軍海兵隊員の男性がいる。
 それぞれが自分のふとした行為によって、静かな願いこそが本当の願いと知っている人に出会う。
 そして四者四様の静かな願いが見事に成就される。

 老詩人は死んだあと、願い通りに、何百という白い蓮の花が故郷の河に流される。若い娼婦は少女の頃の思い出のままに真っ赤な火炎樹の花吹雪を浴びる。少年は、土砂降りの雨の中で魚のような自由を得て友達とサッカーに興じる。元海兵隊員は娘の笑顔に再開する。

 大した願いではないが、一番大切な願い。それが静かな願いだ。そんな思いを抱きつつ、忘暮楼も明日は58歳。