英霊 神風特攻隊
 
  2000年4月12日晴れ 前進座『母』観劇  
戦後の平和

 「戦後のわが国の平和と繁栄は日米安保条約のおかげだ」、と主張する人が、また別の席に行くと、「わが国平和と繁栄は二百五十万英霊の尊いいしずえのうえにきづかれている」と主張する。これは興味深い現象だ。

 どちらにも共通することは、戦後日本の民主主義について黙して語らないことだ。小林多喜二とその家族を描いた前進座の『母』と観て、戦後の国民主権や民主主義が小林多喜二たちの尊い犠牲のうえに築かれているとの念を深めたのだった。 

 平和を実現するには、戦争を止めさせるほかはない。戦後の平和のいしずえとなったかどうかは、その人の死が戦争を止めさせるための行為から生じたのかどうか、にかかっている。その意味で、「二百五十万英霊」は日本の平和と繁栄のいしずえとは考えられない。

 一方、2500人も3000人ともいわれる特攻隊員の死が「象徴天皇制」のいしずえになった、とする説は説得力がある。大まかに言って「天皇家の戦後の繁栄は二百五十万英霊の尊いいしずえのうえに築かれている」というほうが正しいと思う。