2000年4月11日火曜日晴れ   
5500万円恐喝

  名古屋で明らかになった5500万円恐喝事件。もう忘暮楼などにはどうしてこんなことがおきるのか理解ができない気分だ。しかし、こんな問題を考えるためにこそ、こうやって日記を書いているわけだから、思いつきのようなことでも書いておくほうがいいだろう。

 いったい、善いことをすることと 悪いことをしないことでは、どちらが難しいものだろうか。忘暮楼は悪いことをしないのほうがうんと難しいとおもう。善いことは思いつきででもできる。趣味ででもできる。金があればできることもある。しかし、悪いことのほうは、自覚のないままでやってしまっていることが多い。さらに「みんなやっている」ということが積極的な免罪符になる。だから悪いことをしないのほうが難しい。

  そこで考えてみたいのだが、学校では、善いことをさせることと 悪いことをさせないことのどちらをより積極的に取り上げてきたのだろう。忘暮楼の印象では、前者のほうに重点が置かれているように思われる。「勉強をする」がその最たるものであり、「部活でがんばる」もそれである。

 それはそれでいいのだと思うが、学校が、悪いことをさせないという難しいほうの仕事に系統的に取り組んでいないという印象があるのが気がかりだ。

 選抜クラスや特進学級や「飛び級」制などといったアクセル・システムは熱心に語られるが、踏みとどまることや我慢することや思いなおすことなどのブレーキ・システムはなおざりにされている感がある。ではどうすればいいのか、という問いに答える能力はないがとりあえず記しておく。