2000年4月10日月曜日晴れ 金大中・金正日6月会談発表   
陸海空三軍首都防衛大演習

石原慎太郎東京都知事の4月9日の陸上自衛隊(第1師団)練馬駐屯地創隊記念式典での演説が国内外の注目を浴びている。
 新聞報道は要点だけを取り上げたものが多く、この発言の排外主義的な部分だけが強調されてきた。

 そんな中、12日付朝日新聞10版2面で報道された演説内容は録音に基づくものと思われ、この演説の全貌がほぼ明らかにされていると見られる。

 これを読んでみると、この演説が、例の排外主義をあおる部分のみならず、その全体が非常に危険性な内容を含んでいることが分かる。9月3日の「三軍合同首都防衛大演習」こそ、この演説の核心であり、それは石原氏の「東京から日本を変える」戦略実現のための礎石ともなる作戦である。

 今後の国政に少なからぬ影響を与える演説となることは必至と思われるので朝日が伝えたまま再録しておく。忘暮楼の感想も書いておきたい。

   
石原都知事の発言(朝日新聞)
忘暮楼の感想

今日の日本を眺めますと、残念ながらどうも国の外側も内側もたがが緩んできたなと言う感じを否めません。(中略)

 国家の国民に対する責任の最大のものは、国民の生命と財産を守るというのは自明なことであります。国民もそれを期待するが故に国家というものに対する責任、あるいは忠誠というものをですね、抱いてるにちがいないが、しかし、残念なことに今日の政治を眺めますと、北朝鮮に拉致されていった、いたいけない少女一人も救うことが出来ずにいる。これは政府の責任であると同時に私は国民一人一人の責任と言うものが結束していない、その証左ではないかというきがしています。

 


 この演説は、起承転結の構成になっている(国語のセンセっぽいなあ)。起承転結の構成の場合、漢詩の絶句や律詩の場合と同じく、一番言いたいことは「結」にある。この演説の「結」は「三軍による首都大演習の押しだし」である。

 朝鮮民主主義人民共和国との間のもろもろの未解決の問題の根本原因は、日本という国家の「たが」の締り具合ではなく、「アメリカ合衆国の冷戦政治への無条件服従」、その結果の一つとして「日朝国交の未樹立」である。

 石原氏は、そこからわざと目をそらし、「日本の国民一人一人」の「たが」が緩んでいるから「少女一人も救うことがで出来ずにいる」と決め付けている。この「国民一人一人」をどうしたら変えれるか、ここが石原氏の関心の中心であるようだ。 


 まああまり物騒なことは申しませんけれども、私たちはどうもですね、この敗戦後の五十年間、実に見事に内側からも外側からも解体されたという気がいたしてならない。(中略)

 白人にとってみると、日本人だけが有色人種の中で唯一見事な近代国家を作ったというそのものが、意に沿わない事実だったのでありましょう。故に、この日本を非常に危険視したアメリカは、あのいびつな憲法に象徴されるようにこの日本の解体を図って、残念ながら、その結果が今日露呈されていることを、だれも否めないと思います。

 そういう中でみなさん、ある意味で社会の中で孤絶された形で、場合によっては白眼視されながら日々精励され、この国家をいったん緩急のときには守る、国民の生命を守る、財産を守るために精励していらっしゃる。

 この当たり前のことであると同時に、実は日本の社会の中にとっては稀有なることであると、残念ながら思わざるをえない。どうか一つこういった状況に屈することなく、一旦緩急の時には崇高な目的を達成されるためにために精進を続けていただきたいということを、改めてこの機会に国民・都民を代表して熱願する次第であります。

 「承」の部分である。
 「起」と「承」はワンセットになって、この議論の舞台を設定する。

 では「国民一人一人」の「たが」が緩んでしまったのはなぜか。石原氏は、説く、それは、有色人種国家日本の台頭を恐れる「白人国家アメリカ」が第2次大戦での勝利を梃子にして「日本を解体」を図ったからだ、と。勿論「恐るべき日本」の解体の中核は、「軍隊の解体」であり、そのための「いびつな憲法」の押付けだ、というのである。

 そうして、そんな中で頼りになるのは軍隊だけだ、と持ち上げる。

 

 先ほど師団長の言葉にもありましたが、この9月3日に陸海空三軍を使ってのこの東京を守るという大演習をやっていただきます。

 今日の東京をみますと、不法入国した三国人、外国人が非常に凶悪なですね、犯罪が繰り返されている。もはや東京における犯罪の形は過去と違ってきた。こういう状況をみまして、もし大きな災害が起こったら震災が起きたら騒擾事件すらですね(さえ)想定される。そういう現況であります。こういうものに対処するためには、なかなか警察の力をもっても限りとする。ならばですね、そういうときにみなさんに出動願って、都民のですね災害の救助だけではなしに、やはり治安の維持も、みなさんの大きな目的として遂行していただきたいということを期待しております。


 ここが「転」である。
石原氏は、現在の東京はそんな「たが」の緩みでは対応できないほどの犯罪都市に成り下がっていると警告する。

 石原氏は、阪神大震災での日本人と外国人の見事な共同を無視し、その代わりにとっくに見捨てられていた関東大震災のでっち上げ話を持ち出して、「東京の危機」をあおるのである。そして、今こそ「たが」のしまった集団である三軍の全面的出動の秋(とき)と将兵たちをはげますのだ。

 「三国人」という用語は、戦後の日本を「単一民族国家」として再生させようとする勢力が生み出した差別用語であり、植民地の日本を君主国として再建した後は、差別用語としての価値すら失ったのである。


 どうか9月3日、おそらく敗戦後日本で初めての大きな作業を使っての、市民のための、都民のための、国民のための大きな演習が繰り広げられますが、そこでやはり、国家にとっての軍隊、国家にとっての軍隊の意義というものを、価値というものを皆さんがなんといっても中核の第1師団として、国民・都民にしっかりと示していただきたいということを、ここで改めてお願いし、期待して、本日の祝辞と、そしてまた、皆さんにたいするお礼と期待の言葉にさせていただきます。がんばってください。


 「結」である。9月3日の「三軍首都防衛大演習」によって、「国家にとっての軍隊の意義」というものを、国民に示そう、呼びかけるのである。石原氏の前に整列する集団は既に「自衛隊」ではない。日本国憲法第9条から解き放たれた雄雄しい軍隊である。石原氏自身も大将か中将になりきっている。