2000年4月6日  
リストラ諸相

愛媛私教連が結成されたのは1995年、高校での入学生徒減が1989年に始まって6年目の年であった。

 当時はまだ具体的な「事件」は起きていなかったのであるが、底無しの生徒減のなか、私学経営者が遠くない未来にリストラクチュアリングの誘惑に駆られることになると予想されていた。

 愛媛私教連は、一方では予想される将来のリストラ攻撃への反撃の布石として構想され結成されたものであり、また一方では私学経営の基盤である私学助成制度の拡充を自己の大目標と設定していた。

 私立学校におけるリストラ攻撃は、この間さまざまな形で現実に姿を現しはじめた。教員の対応も多様である。

 ■A学校の場合は、理事長になびかないものは集団的に孤立させ、なびくものには従順の深さを競わせ、専制支配をいっそう強めて、低賃金無権利のなかでいよいよ労働強化を強いている。この体制の中で生徒数確保の面では相当の成果をあげている。
 教員組合は少数組合ながら、愛媛私教連とともに、全教職員の生活を守り、組合活動の自由をまもるための活動に取り組んでいる。組合は決して負けていないし、地労委を活用した活動は他の私学にも展望と勇気を与えている。

 ■今年、学園の予想以上の入学生徒数減少をみたB学校は、体育系の募集停止につづいて、商業系の普通科への編入を年度の課題として設定、工業系のあり方についても、教員の配置を含めて検討に入る模様。特進コースで成果を上げるために、特進コースの担当教員は教頭の陣頭指揮で決定している。
 1982年と1999年(先述のように1989年から入学生徒数減が始まった)との学級数は同じなのに、専任教員数は1999年の方が18人も少ない。定年退職者の補充での「ピンはね」が溜まり溜まってこの数字になったのであろう。この間事務職員も定年退職者の補充がされていない。
 一方、生徒や教員の要望を入れて、全校が冷暖房完成し、教員の持ち時間数の一時間削減(16時間)にも踏みきった。

 教職員組合はちょうど世代交代の時期に当たっている。老壮青の団結がいつもにまして求められている。

 ■生徒減の激しいC学校の場合は、経営者の経営責任にはほうかむりしたまま、生徒減の原因は教員ににあると言い張り、大規模な退職勧奨を強行した。これは、人件費の削減の手段であるとともに、特進「中等学校」への移行の前提作業であった。

 教職員組合は、愛媛私教連と全国私教連に加盟することでまず組織的に反撃した。その力をもとに最小限(+α?)の犠牲で事態を収拾した。この間、組合は多いに力量をつけた。

 ■生徒減に直面しているD学校では、新理事長率いる学園理事会が、春休み中に、本年4月からの「ベースアップ・昇給停止」(生涯賃金・年金を大幅に削減することになる)を押しつけてきた。労使対等の原則を踏みにじった労働条件切り下げであり職場の憤激を買っている。

 教職員組合はすばやく対応している。臨時大会の出席率も90%近く、2時間40分の論議で積極的な方針を採択した。これから大きなたたかいが取り組まれることになるだろう。
 
 来年は人勧後追いの私学職場では全てC校と同じ攻撃にさらされることになるかもしれない。というのが来年の人事院勧告は、「ベースアップ」ならぬ「ベースダウン」を打出す可能性があるのだそうだ。いよいよ大事なところにさしかかってきた。