2000年4月5日晴れ 池田内閣もとい森内閣成立 有珠山いよいよ緊迫  
国民犯罪

川島高峰先生の『戦後の終焉と冷戦後責任--歴史認識とアイデンティティー--』(明治大学『政経論叢』第68巻第2・3号)を読んでいる。
抽象的思考になれていない忘暮楼には理解しにくいところもある論文だが、思わず快哉を叫びたくなるような分析も多い。

例えば自由主義史観の雄、西尾幹二氏にたいする批判。目に触れにくい論文なので関係部分を抜粋しよう(川島先生の了解を受けている)。

西尾氏は、ドイツでのユダヤ人虐殺と日本の南京虐殺はその性格が全く違う事件であるから、ドイツと日本を同一に扱うのはまちがいだ、と主張している。ドイツのユダヤ人虐殺はナチス・ドイツの民族政策にもとづく明確な国家意志によって粛々と実行されたものだが、日本の加害行為は民族抹殺の目的を持つもではなく、通常の作戦行動のなかで発生したものである、というのである。

つまり、ドイツの加害行為は国家の責任による行為だから当然国家が責任をとるべきであるが、日本の場合はそうではない、といいたいのである。

川島先生は、西尾氏のこのような議論を次のように批判する。以下、論文よりの抜粋である(読みやすさのためにパラグラフの間に空行をいれた)。

……しかし、仮に西尾氏の枠組みで日本の加害行為を考えた場合、そこにのっぴきならない問題が生じる。

 それは加害行為の主体となった将兵の動機の問題である。ドイツの場合、ユダヤ人に対する加害行為は、国家意志であり、政策であり、ヒトラーの命令であったという「弁解」がなりたつ。

 しかし、日本の将兵の場合はどうなるであろうか。

 確かに日本の場合,特定人種の抹殺を国家政策に掲げたり、それを天皇が命令したりしたという事例はない。個々の部隊で捕虜の処分について命令があったことが確認されてはいるものの、むしろ、その種の命令は捜しても稀にしか見つからないのが実情である。むしろ、日本の戦争の大義名分は欧米支配からのアジアの解放だったのである。

 こうなると国家意志もなく、政策もなく、そのような命令もないにもかかわらず、南京事件に代表される虐殺行為がアジア全域で展開したということになる。命令や政策によるものでないとしたならば、一体、なぜ日本の将兵はあのような残虐な殺戮行為を繰り返したのであろうか。

 食料の現地調達主義、戦線拡大に伴う兵の士気の低下等、作戦上の問題もあろうが、この場合、やはり、残虐行為の主体性が追求されなければならないのではないか。

 新兵の度胸づけに行う捕虜刺殺などは典型であるが、「皇軍」ではそのような虐殺行為は、政策、命令という次元ではなく、「慣例」として行われていたという点に、日本の加害行為の重大性がある。

 ドイツのユダヤ人虐殺が、計画的な国家犯罪であるなら、日本のアジアにおける数々の残虐行為は、無計画、無統制な慣習による国民犯罪と言わざるを得ない。西尾氏の枠で考えたとすれば、日本の道義的責任はますます、逃れようのないものとなる。

 「国民犯罪」……これは重い結論である。