2000年03月23日(木曜日) blue
見られなかった四季の花々3/28新情報追加 緑で書いた部分


 生徒に毎年話す話:

 君等も一生の間に一度くらいは、殺人や窃盗の疑いで警察に引っ張られることがあるかもしれんよ。
 そんな時は、かならず、知っている弁護士か弁護士会に連絡してきてもらいなさい。弁護士と相談するまではしゃべったらいけんよ。弁護士会なら1回は無料できてくれるよ。

そういうことを教わってなかったために、またひとり大変な目にあった。宇和島のAさんである。
真犯人の自供のお蔭で、春夏秋冬を拘置所で過ごしたAさんが、386日目にやっと釈放された。

    この間、季節ごとの花が見られなかったのが残念でたまらない

Aさんの悔恨である。人生の時間というものは、時計ではなく、咲き継ぐ花々が綾なしているのであった。Aさんには今年の春の花はさぞかしまぶしいことだろう。

警察への怒りを込めて事件を整理しました


 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話
1998年10月上旬   B子さんと親しいAさんが、いつも持っていた鍵で、宇和島市内のB子さんの自宅に侵入し、寝室のタンスから普通預金通帳(預金額51万余円)を盗み出した。(真っ赤なうそ  
1998年12月下旬   Aさんが再びF子さんの家に侵入し、銀行印を窃取したく。(真っ赤なうそ  
1998年年末 Aさんは会社からボーナスと給与、年末調整で手取り70万円余を受取った。(朝日新聞3月26日付10版35面)    
1999年
1月7日
Aさん、会社から前借していた12万円と社長から借りていた8万円を返済。(この入金の振替伝票が残っている。朝日新聞3月26日付10版35面)    
 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話
1999年1月8日

これが事実 !!

現在高知地裁で公判中のCさんが、B子さんの家の二階の窓から侵入し、鏡台の椅子から通帳と印鑑を盗み出し、JAで金を引き出した。

Aさんが、会社からの借金などを返済するために、同市内JAで盗んだ通帳と印鑑を使って現金50万円が引き出した。

被告は夏のボーナスを使い果たしてパチンコなどのギャンブル資金に窮してした。…フジ宇和島店に自己のクラウンを駐車し,徒歩で農協に行き…所携の手袋をした上、自己の筆跡個性が現れないように工夫して(金を引き出した。)  〔←検察の冒頭陳述は、ありもしない「貯金引き出し」をこのように見事に活写している。〕
真っ赤ッかのウソ

 

 
その後のある日(※)      B子さんが鏡台の椅子の中に入れていた印鑑がなくなっていることに気づき、Aさんに相談。二人で家中を捜したが見つからない。
  さらに普通預金通帳がなくなっていることもわかり、JAに照会したところ、50万円が引き出されていることがわかり、被害届を出した。
(※新聞報道ではこれが1998年10月上旬のこととなっているが、Cさんの自供が正しいとするるなら、この時期のこととなる)
 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話

1999年2月1日

 

午前7時頃、宇和島署が、この事件の容疑者として、同女性と親しくしていたAさんに任意同行を求め、取調べの結果、正午ころ容疑者としてAさんを逮捕した。


(犯人は二階の窓から侵入したのに、Aさんが、B子さんの家の鍵を持っているということでホシと断定した。)

 

身に覚えのないことなので否認していたが、
警察から

JAの防犯カメラに姿が写っている。家族や会社のものを調べるぞ。白状したらどうだ」

「防犯カメラに写っとるんやぞ。大概に本当のことを言ったらどうや。」
と大嘘をついたり、

「防犯ビデオをみた被害者の知人がビデオの不審人物年恰好がAに似ている、と証言している。」

などと攻められるうちに、
親しくしていたB子さんまでが自分がやったと思っているのか
とがっくりして、

「もうどうにでもしてくれ。ヤケノヤンパチや。」

という気分になり、

「刑事さん、私が自分がやりました」
とデマカセを言った。

「刑事から証拠があるといわれ頭が真っ白になった。」

取調べの中で

「盗んだ印鑑はどうしたんぞ。焼いたんか、捨てたんか」と追及されて、デタラメに「勤務先の焼却場で焼いた」と答えた。

(愛媛新聞3/25付け4面)

 

供述書には「勤務先の焼却場で焼いた」と書かれた。(愛媛新聞3/25付け4面)

 
 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話
取調べの中で

「盗んだ金を何に使ったんか」と追及されて「会社から前借りしていた50万円を支払った」と答えた。

捜査員が会社に行って調べると、実際は賞与で返済していたことがわかった。(愛媛新聞3/25付け4面)

   
取調べの中で
Aさんが「私は正直に言うとやってないんです」を改めて否認した。
捜査側が描いた筋書きと事実の間にひずみが生じてきた。(愛媛新聞3/25付け4面) 本当のことを言う決心をする。
取調べの中で 否認に転じたAさんへの取調べがきつくなった。
「お前みたいなやつはまた捕まえてやる」などと脅される。
   
1999年
1月12日
Aさんを窃盗罪で起訴    
その後

県警捜査員がAさんの会社からの借金返済日の確認のために数度会社を訪問。
女性職員が「返済は1月7日だった」と答え証拠となる「振替伝票」をみせた。
捜査員は「本当に7日なのか。8日ではないのか」と何度も確認した後、振替伝票のコピーを持ちかえった。(3月26日付け朝日新聞)

   
1999年
6月22日
Aさんの「無罪主張」を理由にAさんを詐欺罪で追起訴    
 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話
1999年
3月23日

初公判
Aさんは起訴事実を否認した。

 

初公判の法廷で
「えらいところに来てしのたな。何でこんなとこにいるんやろ。大きな失敗をしたんやなあ」
と悔いた。

公判の中で Aさんが永年勤めていた会社の社長が、JA防犯ビデオの不審者の写真を見て「Aさんに似ていない」と断言。(3月26日付愛媛新聞4面)    
1999年
12月2日
結審
検察側は、懲役2年6ヶ月を求刑した。
   
その後 Aさんは、宇和島拘置支所の中で1日1日カレンダーの日付をくろく塗りつぶして判決の碑を待った。    
 
事実経過
警察・検察がひねり出したストーリー
Aさんの話
2000年
1月6日

高知県警が愛媛県警に、Cさんがこの件での犯行を自供していると連絡した。

 
その後 愛媛県警が高知県に捜査員を派遣してCさんの犯行であると確信した。    
2000年
1月25日
宇和島署が松山地検にAさんの無罪を連絡した。    
2000年
2月21日
宇和島署、Aさんをこっそり釈放した。   (200万円の保釈金が捻出できず結局386日間拘置された)
2000年
3月22日
愛媛県警が記者会見で、Aさん釈放を発表。    
2000年
3月23日
愛媛県警穂積裕刑事部長が記者会見し、初めてAさんに謝罪の意思を表明した。    
2000年
3月25日
(判決言い渡し予定日)