2000年02月12日(土曜日)
徳島の軍人墓


 連休を利用して鳴門公園にある大塚国際美術館に行くことにした。今度で3回目の訪問だ。入場料が3000円+悪税、3回で9000円+悪税。これはちょっとした金額である。

 これまでの2回は徳島道が徳島県美馬町までしか完成してなかったので美馬から川之江までが一般道となり、片道3時間かかった。今回は徳島道が池田町まで伸びていたので2時間半で着いた。

 来月11日には徳島道が全面開通だそうで、そうなると松山・鳴門間が2時間とちょっとで結ばれることになる。

 4時過ぎに鳴門に到着。美術館へ歩いて数分の場所に宿を取った。宿の窓からは鳴門大橋も見える。

 美術館のほうは明日ということにして、宿の近所の墓地を見にでかける。鳴門の軍人墓を見てみようというわけである。

 民宿やホテルなど観光施設の多い海岸を離れて、民家の多い山際のほうへ行ってみる。最近はなんとなくお墓のある場所が検討がつくようになった。この日も民家の間の細い道を抜けて、自動車道の下のトンネルをくぐって、山道を進んでいくと果してドン詰まりがかなり広い墓地になっていた。

 そして墓地の入り口に2基、墓地の端に13基の軍人墓が並んでいた。

 あとで紀貫之の歌碑のある土佐泊・潮明寺でも確かめたのだが、徳島の軍人墓の墓標の意匠は愛媛のそれとは相当に隔たったものであった。

  鳴門の軍人墓

 縁のある大きな台座の上に、方形の台石が3段重ねられ、その上に墓石が載せられている。その墓石はずんぐりした感じで、頭頂の部分がかなり急勾配の四角錐となっている。しかも、墓標の前には必ず、凝った意匠の石製の水差しが一対置かれている。愛媛の典型的な軍人墓との共通点といえば、軍隊の階級と本名が正面に刻まれ、戒名は側面にしたためられていることことくらいであろう。( 愛媛の軍人墓はここをクリック)

 近隣の県でもこれだけの違いがある。日本全国ではどんなバリエーションがあるのであろうか。それを知るだけでも10年くらいかかりそうだ。

 そうそう、さきの「ドン詰まり」の墓地の10数基の軍人墓のほとんどは昭和40年、41年ころの建立であった。これも愛媛との共通点といえば共通点である。