2000年02月01日(火曜日)
学校のなかの差別


 学校が差別システムを内包していることは広く指摘されている。

 忘暮楼の勤務校にもこんなにも歴然とした差別がある。


その1

 1998年4月の情報ビジネス・コース(一般にいう商業コースである)入学生は、ある事情があって、予定されていた人数を大きくうわまわり99人に膨れ上がった。学園は50人のクラスと49人のクラスを作って対応した。本校でも近頃みられない「すし詰め教室」である。

 学級担任は、適正規模をはるかに超えているのでこれを三つに分けるようにもとめた。しかし、学園はそれを認めなかった。

 この交渉で、教頭に「こんなクラスは普通科ならあり得ないでしょう」と質(ただ)すと、教頭は「普通科ならない」と答えた。

〔後日談〕担任たちの努力が実って、この学年は、2年次には三つのクラスに再編された。


その2

 新田高校はキャンパスの周りがカイヅカイブキなどの生垣でで囲まれている。だからほとんどの校舎は道路からかなり隔てられている。そんな中で唯一道路に接した教棟が体育科の教室や二つの職員室、芸術関係の実習室などのある第3教棟である。

 その道路が結構交通量が多く、教室や職員室は長年騒音に悩まされていた。二重ガラス窓などの防音装置を設置してほしい、という要望が出されていたがなしのつぶてだったらしい。

 ところが、2000年度からそこへ普通科S組という「超選抜クラス」が入ることになった。すると、さっそく教室の窓が防音二重窓にかえることになった。関係教員の心中が穏やかであろうはずはない。

 そのうえ、S組の場合放課後の七時間目にいつも正規の授業がはいるので、ブラスバンドの練習が1時間削られた。

 ブラスバンド部は本校の華である。各種行事や野球の応援で活躍するだけでなく、演奏会でも高井評価を受けている。ブラスバンド部との話し合いもないままかってに練習時間制限の措置が決められたことについて、職員会で関係教員からきつい不満が出された。

 「そこのけそこのけS組が通る」といったところである。


その3

 ある教員がいわゆる検査入院をしなければならなくなった。2週間の予定である。

 この教員の通常の授業自体が大変なもので、2単位ものを9クラス担当している。試験の採点はもう地獄である。それが、すべて工業コースと商業コースなのである。

 学園は入院中の授業をすべて自習監督で処理している。

 このやり方に対して、「普通科で9クラス・2週間・4時間の授業を全部自習させることはありえない。授業が遅れてしまう。普通科では忌引き特別休暇中の教員でさえ、授業時間確保のために早く出勤するよう急き立てられたくらいだ。」と批判が出ている。

 こんなやりかたでは入院しているほうもおちついておれないだろう。