2000年01月31日(月曜日) 快晴
主調整は「正教員」で、微調整は「非常勤教員」で? その2 
<<<<<刮目に値する事実>>>>>


 手もとの資料で新田高校の35〜6年間の数字をまとめてみた。(See the table below)

 この表から1960年代の私立高校の「すし詰め」学級のすさまじさが容易に読み取れる。

 が、実は、また別の、信じられない(?)事実もも明らかにされている。
 それは、生徒数の激増期(1966・昭和41年まで)の専任率が、意外や、90%前後のすばらしい高さだったということである。  
 さらに、戦後2度目の増加期であった1982・昭和57年でも専任率はほぼ90%である。

 それに比べて、平成(私学人にとって平成という年号は生徒減期と同意である)に入って10年を過ぎた1999年の専任率は20ポイント下がって70%弱にやせ細っている。

 増加期の1982年と減少期の1999年を比較するだけでも事態は十分に理解できる。学級数は同じなのに、専任率では10ポイントの差があるのである。常勤教員数でいうと18人の大差である。

※忘暮楼は、生徒数激増期の専任率は、今より低いか今程度(全教員のほぼ三分の二が専任教員)だったのではないかと予想していたのである。

 結局、生徒数が増える時期には専任教員をどんどん増やす。そして時間講師で微調整する。逆に、生徒数が減る時期には専任教員を、定年退職による欠員を補充しない、退職勧奨をする、などの方法でどんどん減らす。そして時間講師で微調整する。これが、私学の経営手法なのである。

 松山東雲中高等学校の大規模な退職勧奨もこの伝であったわけである。

 大量の非常勤教員の存在が私学の常態であるとすれば、教員の労働条件を改善することを任務の一つとしている教職員組合は、非常勤教員の労働条件の改善にもっと力を注ぐべきであろう。

 また、一方学園にはせめて90%台の専任率を回復する責務があり、教職員組合もそれを要求していくべきであろう。

1963年度1966年度1982年度1999年度
生徒数が激増していた頃生徒数増がピークの頃減少期のあと再び増加していた頃減少期に入って10年目
生徒数2887人4100人2395人2295人
クラス数52学級75学級56学級56学級
1学級あたり生徒数55.5人54.7人42.8人41.0人
教諭等99人140人111人94人
常勤講師3人4人7人6人
非常勤講師5人25人17人48人
専任率95.3%87.6%87.4%67.6%
1学級あたりの専任教員数2.0人1.9人2.1人1.8人
1専任教員あたりの生徒数28.3人28.5人20.3人23.0人