2000年01月29日(土曜日)
世の父親へ

  

 三年生最後のテストはことわざと作文とした。今日は採点をした。

 朝日新聞に「おやじの背中」が連載されている。その中の嘉門達夫(ミュージシャン。「替え歌メドレー」で有名だそうだ。)の文章を読んで感想を書くというのが作文の課題だった。

いい点が取れるようにを選んだ課題だったが、予想以上に心の中を語ってくれたのがうれしかった。

 自分はあまり父親とは話しませんが、やはり父が自分に対しどう思っているかは気になります。それは恐らく、少し自分に自信が欠けているときなんだと思います。達夫さんも、自分の父が好きなんでしょう。そして、とても尊敬しているんだと思います。(I君)

I君もお父さんが好きで、尊敬しているんでしょうね。

 この文章を読んで、僕の父親に似ているところがあると思いました。それは、僕が小さい頃、父は仕事の関係で僕が寝ているときに帰ってきて、僕が寝覚める前に仕事にいっていたらしく、楽しく会話した覚えがないからです。それにどこかへつれていってもらった覚えもない。

 そんなことのせいか、大きくなった今僕は父親がきらいだ。兄も多分きらいだ。今は仕事がかわって家にいることが多くなったけど一緒にいても話さない。

 そんな僕や兄を見て母が一言。
  「なんでそんなに嫌うん?」

 そんなことを聞かれても嫌いなものはきらいだ。例えば仲が良くない人と話したり遊んだりすることはいやなものだ。それと一緒だと思う。とにかく父と僕は合わない。

 世間の人は子どもは親父の背中を見て育つというが、あんなおやじには育ちたくない。絶対にいやだ。

 僕は嘉門さんと似たことを思っている。それは父親は僕をどう思っているかということです。本当にこれは知りたいと思う。

 嫌いなら嫌いでいいのだが、好きだといわれたら、これは自殺級におそろしいことだ。それだけはいわないで欲しい。なぜなら僕はあなたの事はきらいだから。(S君)  

 

 変化球ですけど、父に愛してもらいたいS君の気持ちは隠せません。

 この文章を読んで、昔は僕もこんなんだったなぁって思いました。

 僕の父親も高校までずっと野球をやっていたらしくて、それで僕は小さい頃から父とキャッチボールをさせられていました。そして、中学までずっと野球をしていました。

 はじめのうちはやっぱり楽しかったけど、毎日毎日野球って生活を送ってきたらだんだん野球をすることがいやでいやで仕方がなくなって、高校に入る前に野球はやめました。

 僕の父も嘉門達夫さんの父さんみたいに野球の夢を僕に託したかったのではないかな、と思いました。

 父は昔は僕とキャッチボールするのが楽しそうだったけど、最近は一人でビールを飲みながら、テレビの野球をを見るのが一番楽しそうです。僕も将来、こんなになるのかなって思いました。

 でも、この文章を読んで、最近ずっとキャッチボールもなんにもしていないので野球の試合とかをしたくなったきました。いつか暇なときでもあったら、今度は父とキャッチボールでもしようかなと思いました。そしたら、父はちょっとでも喜ぶと思います。(O君)

 O君がお父さんとキャッチボールをする光景が目に浮かびます。

 まあ、こんなかわいらしい作文がたくさんありました。世の父親のみなさん、息子を信じましょうね。