2001年 11月30日 金曜日

失敗した国家


 『タリバン』を読み終えた。タリバンはまだ残存していた。

 著者のアハメド・ラシッドはパキスタンの著名なジャーナリストだそうだが、「(1998年当時、パキスタンの)国外では、パキスタンをアフガニスタン、スーダン、ソマリアと同様の、失敗した国家あるいは失敗しつつある国家と見る人が増えていた」と述べ、

 
 

失敗した国家とは、必ずしも死すべき国家ではないが、死すべき国家になる可能性もある。失敗した国家とは、…政治的エリートが実行した政策が何回失敗しても、その政策を再検討する理由にならないという、そういう国である。 

 

 と定義している。ブット初代首相から政権を奪って11年間パキスタンの政権の座にあったジア大統領の場合、その政策とは「スンニ・ムスリムの世界を再構築すること」であり、これはタリバンの政策とも一致している。

 私の興味はすぐに卑近な話題に戻ってしまうのだが、私の在職する新田高校の場合、この何十年の間、成績の良い生徒を集めて大学進学で好成績を収め、その実績によって生徒募集を有利に進めるという「特別進学指導路線」を推し進めてきた。

 私は、理事長も同席した職員会で「いい女子生徒が集まれば、それに引かれていい男子生徒が集まる」というスナック経営者のような発想で始まった一部共学化をも言外に含めて言ったのだが、「これまで学校が打ち出してきた特進路線のための新方針はすべて失敗した」と述べた。これまでこの路線を推進してきた人々にとっては大変具の悪い発言だったはずだが、反論がなかった。

 それでも学校はまだ特進路線にしがみついている。それが新田高校だけではないのであって、ほとんどの私立高校が特進路線にしがみつきつづけている。アハメド・ラシッドが私立高校の姿を見れば「失敗した学校たち」の烙印を押そうとするのではないだろうか。

一方私立大学のほうはというと、これは「特進」どころか、「高校化」に踏み切っているようなのであるが、この件はまた別の機会に。


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