2001年 11月29日 木曜日

アメリカとタリバン


 読みかけにしていた『タリバン』(アハメド・ラシッド)がやっとあと70ページというところまで漕ぎつけた。

 当初「親タリバン」派であったアメリカ政府が「反タリバン派」への変心を公然化したのは、今からちょうど4年前の1997年11月、国務長官マドレーヌ・オルブライトが「パキスタン外務省の入口でタリバンの女性政策を『卑劣』と呼んだ」時からだそうだ。その変化の過程はつぎの通り。

1994年から1996年にかけて【親タリバン】

 アメリカはタリバンを同盟国のパキスタン、サウジアラビアを通じて政治的に支援した。タリバンを「反イラン・反シーア派・親西側」とみなしたからである。そのときアメリカは、

  1. イスラム原理主義者としての目標を持っていること、
  2. 女性に対して抑圧的であること、
  3. タリバンが中央アジアに当惑感を与えていること

を無視した。

1995年から1997年にかけて【援タリバン】

 アメリカはタリバンをいっそう支援した。アメリカの石油会社ユノカルのプロジェクトを支援したためである。アメリカは地域的内戦が続いていてもパイプラインの建設は可能と考えていた。

1997年後半以降【反タリバン】

 タリバン治世下の女性の無権利状況への注目がきっかけになって、アメリカは「反タリバン」に転向した。 「クリントン政権の常として、国内政治に対する配慮が外交政策の決定や同盟国の希望世r優先するのである。クリントンは米国の女性たちが,彼のドアをノックしたことで、初めてアフガニスタン問題に目覚めた」(同書323ページ)。

 このようにみるとアメリカのアフガン政策が大きく変わったようにみえる。しかし、ユノカルを先陣とするアメリカ石油資本がもっている「ここに(比較的)安定した地域を作り、中央アジアとパキスタンのインド洋岸をつなぐパイプラインを構築する」という戦略をサポートする点では米政府の政策は終始一環している。

 今回のタリバン殲滅作戦も、反テロ・反タリバンを謳ってはいるが、それは口実とみるべきだろう。それよりもアメリカ石油資本がかの地にパイプラインを敷設できるようにするための山賊的な軍事活動だと思ったほうが分かりやすい。

 この点に関して、明石康氏が国連人道問題担当事務官当時に、『タリバン』の筆者に次のように告げたそうだ。

「現在のアフガニスタンに対する外部からの干渉は、すべて石油やガス・パイプラインをめぐる闘いと関連しています。問題は,これらの石油会社や地域大国が自分たちの目的のためにタリバンに貢いでいることですよ。」

 いまやタリバンに貢ぐ勢力は消えつつあるが、外部からの干渉は引き続いている。つまり今現在、「石油やガス・パイプラインをめぐる闘い」が熾烈に闘われているわけだ。

    


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