2001年 11月20日 火曜日

『タリバン』


 私は昔から記憶力がよくない。それで沖縄民謡の歌詞もなかなか覚えられないのだが、ことに横文字の記憶力が悪くて、いままでもウソ覚えで何度か恥をかいてきた。これほど有名な「タリバン」でさえ、つい「タバリン」になってしまうし、「オサマ・ビン・ラディン」などは「あの人」としか言えないことが多い。

 『タリバン』(マハメド・ラシッド 講談社 2000年10月)を読んでいる。11月12日から読み始めた。その頃タリバン政権はまだ「健在」だったと思う。ところが途中この本を紛失(車の運転席の下で数日転がっていた)したこともあってまだ半分ちょっとまでしか読めていない。この間タリバン政権が崩壊し、いまや軍閥としてでも永らえられるかどうかと言う状況のようである。読了できた頃どうなっているのだろう。

 アフガニスタンと言うところは厳しい自然ではあるが豊かで美しい国でもあったようだ。『アフガニスタンの星を眺めて』では「チュウリップの花ははぶどう畑の恋人」という美しい情景に会ったが、『タリバン』では英国の冒険家&スパイであるコノリー大佐の次のような印象深い描写が引用されている。

ヘラートの風光

 丘の間は要塞のような村落、庭園、ぶどう畑、コーン畑で埋まり、この土地をあらゆる方向に刻んでいる。この豊かな光景は、多くの小さな水路によって、キラキラ光り輝いている。(1831年)

 この網の目のような水路は撤退するソ連軍によって破壊され、しかも何百万個という地雷のおかげで「最も肥沃な農村部で農業や灌漑が出来ない状態」だ。こうしてヘラートの農民のあいだに4ヶ月で収穫できるケシ栽培が急激に広がっていったわけだ。戦争が肥沃な田園をヤクザなケシ畑に変えて行く。


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