「はい」   2001年11月12日

 

最近ちょっと気になることなのだが、若い教員たちの電話先でのことばに「はい」がやけに多くなっているような気がするのだが、いかがであろうか。「はい……はい……はい、はい……はい…わかりました…はい」といった感じだ。

 しかも、「はい」が多いだけではなくて、電話を置くやいなや僚友にぐちをいうのであるからいっそう気になるのである。「はい」が多い上にその「はい」が「至誠」ではないのである(忘暮楼の在職校の校訓は「至誠・明朗・敬愛・剛健」)。

 これが、自力で最上の対応を考えるかわりに上の指示を仰ぐ、その指示の正否はともかくとして行動にうつる、ということであるならば、この思考法はすなわち軍隊の思考法である。軍隊では「分かりました」も禁句であったそうだが。

 私はひそかに、我が在職校新田高校が今後このような傾向を強めて行くのではないかと心配している。しかし、また翻って思えば、それは昔の新田高校に戻っていくのだとも言えそうだ。

 1968年の初夏、新田高校の創立記念日のイベントであっただろうか、学校のグランドに自衛隊のヘリコプターが舞い降りることになった。そのことが職員会議で当然のことのように伝達された時、畏友にして知友であり、この年の春私と同時に本校に就職したばかりのK先生が敢然と立って「憲法違反の自衛隊のヘリコプターが校庭に降りることは許されないことではないでしょうか」と批判したのである。この小さなできごとがその後の職場と学校の民主化へのスタートとなったのであった。

 「はい」の洪水は、「沈黙は金なり」とささやかれていた時代、つまり、「ヘリコプター以前」への回帰の予兆のような気がしてならない。