2001年 9月22日 土曜日

名前


 8月はじめにソウルから帰る機中で知り合った韓国のお医者さんウォン・チギュ先生がらみの続編である。

 ウォン先生は、私が友人と一緒に上梓した韓国人戦時動員関連の本『住友別子銅山で<朴順童>が死んだ』の話しをしたところ、たいそう関心を持っていただいて、必ず送りなさいと厳命して帰国された。それで一冊お送りしたのだが、この本を気に入ってもらったようで心のこもった励ましのお電話をいただいた。

その後がすごい。ウォン先生は、韓国文化放送(MBC)が私たちの調査活動を題材に解放五〇周年記念番組『ドキュメンタリー 帰郷』を制作したことを知り、さっそくソウルの韓国文化放送にのりこみその番組のビデオを買ってこられたというのだ。韓国ではそんなことができるのかと驚くとともにウォン先生の行動力にも脱帽した次第である。ウォン先生はそのビデオのコピーをソウルにいる妻にプレセントしてくれた。

さて、妻は何かの参考になればとそのビデオテープを韓国語の先生・Jさんに差し上げた。J先生はさっそくこのビデオを見てくれたようで、ビデオの感想を書いていただいた。ビザ書換えのために久しぶりに帰国した妻がそれをもって帰ってくれたのだが、その手紙が下の写真である。関係部分を訳出しておこう。

(前略)さて、この度はこのビデオを通して、強制労働に苦しめられつつ死んでいった名もない徴用者たちの為のご主人のさまざまなご努力に韓国人として心から深い感謝と勇気を送ります。

 イスラエルのエルサレムにはホロコーストを記念する「Yod Vashem」があるそうですが、その傍らには600万名にのぼる犠牲者達に対するすべての記録を保管する図書館があるそうです。さてこの Yod Vashem という名前は"名前を記憶させる"という意味だそうです。人間としての崇高さを失ったまま強制労働や虐殺に陥れられたユダヤ人たちを一人一人呼んであげることから悲しみの歴史に対する反省がはじめられるのでしょうね。

 銅山で死んでいった朴順福(童)さんのような人々の"名前を呼んであげ霊魂を慰労する"ことのために努力をなさる日本や韓国の人々対して今一度深い感謝を捧げます。(後略)


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