2001年 7月2日 月曜日

 父の社葬において
 宣化製鉄所製鉄部代表・
 臼井良作氏より賜った弔辞


  蒙彊興業股イ分有限公司の中心機構である宣化製鉄所製鉄部の代表、臼井良作氏から賜った弔辞である。真情あふれる弔辞で、会社の中心メンバーがいかに信頼しあって仕事にあたっていたかがしのばれる。しかし、すべては国家ご奉公である。大東亜共栄圏への情熱と言ってもよかろう。私なども時代が違えば同じようなことをしていたに違いない。

 要はこういう時代を再現させないことだ。
 扶桑社の歴史教科書を通読してみたが、子供たちに、

  1. 神話と歴史を混同させ、
  2. 日本が世界一だと思いこませ、
  3. 昭和天皇の「すばらしさ」に共感させ、
  4. 玉砕と特攻隊に憧れさせ
ようとするこの教科書は、あきらかにこういう時代の再現を目指していると思った。なんとか市町村にこれを採択させないようにしたいものだ。「新しい歴史教科書をつくる会」は10%の市町村での採用を目指してさまざまに画策しているそうだ。
 
 

弔辞

尾上さん!かう云ふと貴方はいつも決って口もとに僅かな微笑を浮かべながら落着いて物静かな口調を以て何事答へられるのが常でした

いま私がかうして拙い言葉を申上げております時も「もう沢山だよ」と云はれさうなお顔がはつきりと浮かびます

尾上さん!貴方がまだ寒い大陸に挺身されてより三ヶ月の間工場の整備もつかない極めて雑然とした中に在って 然も日常起居の御不自由を克服されてよく困難な御仕事を遂行され一応之を軌道に迄導いてくださった御労苦を想ふとき後に残された我々の愈々責任の重大なるを痛感して居ります

六十の手習と申す諺がありますが貴方はいつも出勤時間より一時間余も早目に来られ支那語の勉強をされてゐるのを見受けました 之も貴方の原料に対する長い御造詣を現地において如何に生かされるかの御苦心の一つであつたと想像しております

又原料品位の判定に就ても尾上さんがお出でになつてから実に明確になりました上に分からない私共をよく御指導下さいましたことも感謝に堪えない所であります

然し何と云つても一番貴方の苦心されたのは(あたか)も農繁期に入って極端に不足せる苦力(クーリー)を以つて以つて如何にして高炉装入物を確保されるかに在つた存じます

想えば第三高炉火入前後の降雨に依る苦力の殆ど絶無に近い状態に在つて日本人総動員の挺身的努力に依つて辛ふじて高炉を守り抜いた際の貴方の御苦心に対しても今にして見れば只感謝の並みだあるのみであります

(やが)て盛暑の来襲と共に遂に病魔の手は貴方の上に伸びたのであります 御不自由な大陸挺身の御老躯に対して私共一同 ひたすらご平癒を祈つておりましたのでありますが本月四日夕刻悲しいお報せを遂に受けたのであります

貴方の御脳裏には尚御専門の紛鉱燒結の問題その他幾多のことがあられたことと存じております 又私共も猶今後愈々積極的に御指導を御願い致すことを楽しみにしておりました 然し今は之も空しいこととなりました

時局は今や益々苛烈の度を加へ 又私共の上に課せられた責務も愈々重大を加ふるに至りました 此際尾上さんを失つた悲しいことは私共にとり大きいものでありますけれ共 唯此の上は一意御意志を継いで国家御奉公の誠を尽す外ありません どうぞ永久に御霊の此の地に在つて足りない私共を励まし仕事を立派に完成させていたヾく様お願い致しますとともに 私共の微意を汲まれ安らかに瞑せられんことを

ここに職場を代表し一言蕪辞を申上げて弔辞と致します

昭和十九年六月十三日

蒙彊興業股イ分有限公司
宣化製鉄所        

製鉄部代表 臼 井 良 作