2001年 6月22日 金曜日

父の葉書 その4 1944年3月(つづき)


3月15日 兄宛クーリーについての説明である。義兄が父の便りにでてくる「クーリー」について質問したものと思われる。父のクーリー観は時代の思想のなかにどっぷり浸っている。
3月18日 兄宛家からの手紙が宣化に届くには12、3日かかる。「相当遠い所へ来たものだと思ふ 」と自分の人生を改めて観照している。
3月18日 母宛母は父の為に出来ることはみんなしたい、と念じながら、あれこれ細かいことまで心配して父に手紙を送っていたのであろう。父は、心配しすぎて酒の入手の心配までする母をたしなめている。こういうところのある母であった。
3月20日 兄宛中国の旧察哈爾(チヤハル)・綏遠(すいえん)両省および山西北部を蒙彊といった。蒙彊名物の烈風吹きすさぶ中、高炉に生産目標達成を祝う「勝利の日の丸」が掲げられる。父は大いに満足しつつも鉱石の確保に猛進する。父はそういう自分の姿にも大いに満足しているようだ。
3月23日 兄宛兄が宣化を訪ねたいというので大いに勧めている。北京から宣化まで汽車で6時間だという。
3月23日 母宛夫にとって、酒を飲みなさい、といってくれる妻はありがたいものだろう。父は扱いやすい酒飲みだったのかもしれない。
3月28日 兄宛仕事は順調、今日もまた「勝利の日の丸」がはためいた。仕事人間として得意満面の日々のようである。
3月30日 母宛厳寒の日々が続く。小包を送ったとの知らせがあったらしい。まだ届いていないが、とりあえず御礼を一筆。快活な気性である。

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