2001年 6月15日 金曜日

 河野兵市さんの事故死


 

 もう旧聞になってしまったが、北極から日本のまでスキーとカヤックで帰ろうとした河野兵市さんが北極海域で死んだ。海に落ちてしまったらしい。

 いつのころからか、河野さんは自分の全人生を道楽で貫くことに決めた。前人未到のオリジナル・ルートを設定して、そのルートを自分の体力、筋力だけで踏破して世間をあっと言わせる、これが河野さんの道楽であった。

 世間をあっと言わすこと自体のためならば、四国八十八ヶ所を八十八回巡礼することによってでも、大峰山の百日行を何十回繰り返すことによってでもそれはかなうだろう。しかし、それは前人未到のルートではないから河野さんの野望の対象とはならなかった。 

 それと、河野さんの旅は道楽であるから直接的な実益は含まれない。ところが、八十八ヶ所巡りの場合、一度体験するだけでも人間が変わるといわれているくらいである。八十八回も繰り返せば、結果として、過去現在の一切の罪と穢れを滅ぼし、高野さんを、無上の悟りの世界に導き入れるかもしれない。これはひょっとしたら最高の実益かもしれない。この実益が河野さんを八十八ヶ所に向かわせることを阻むのである。

 しかし、とにもかくも、河野さんの野望と人柄(会ったことはないが…)と情熱が、仲間たちや関係企業からの物心両面のサポートを生みだした。企業は立派なソリを提供したし、支援チームはぴったりと張りついた。飛行機は食糧を落し、新聞社は大々的な報道を続け、「一人」歩く姿を取材した。

 自分の全人生を道楽で貫くこととした人間が、死の危険がある方法と場所をみずから選んでくりだした「冒険の旅」である。つまりは、死ぬのが当然、死ななかったら大成功という旅であった。そして、結果は当然のほうになった。いつかはこうなると覚悟していた奥さんにも覚悟通りの結果が訪れた。それだけのことだ、とも言える。

 この構図は戦場に出で立つ夫、夫の無事帰還を祈る妻といった戦時中の夫婦の構図と同じである。ということは、戦争というものは国民を強制的に冒険旅行に発たせた時代であったのかもしれない。

 そうそう、地球温暖化の影響で北極海の氷が軟弱になっていた、と書いた新聞があった。もしそれが本当なら河野さんは計画を断念すべきだった。