2001年 5月23日 水曜日

飢え死にした「英霊」


 歴史学者の藤原彰さんが『飢死(うえじに)した英霊たち』(青木書店)を出すそうだ。約10年がかりの研究で「アジア・太平洋戦争で死亡したとされる日本軍軍人・軍属約230万人のうち、約6割にあたる約140万人の死因は戦闘による狭義の『戦死』ではなく、栄養失調による病気や飢えだった---」(朝日)ことを明らかにした。

飢え死に・病死 
約140万人
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戦死 
約90万人
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 実際松山周辺の墓地の軍人墓を回っても「戦病死」が多い。実態は「ガダルカナル島」を「餓島」といったように、栄養失調による病死や食糧補給の途絶による餓死であった。藤原さんはこれを「野垂れ死に」と呼んでいる。「犬死」などという表現に反対する人も「野垂れ死に」であったことは認めざるをえないだろう。

 「野垂れ死に」を生んだ原因の一つが皇軍の「現地調達主義」である。これが占領地・通過地の住民の食糧の強奪、強姦事件の頻発、軍事性奴隷(「従軍慰安婦」)などなどを生んでいった。私の親戚に、新聞紙一枚のうえで鶏を見事にさばいてみせる特技を持つ人がいたが、これも軍隊仕込みだった。

 靖国神社を参拝すると言うことは、これらの「野垂れ死に」を「祖国のために命を捨てた戦士」、「戦後の平和の礎」と称えることなのだ。そうすることによってしか、天皇や皇軍を美化する方法がないともいえる。

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