2001年 5月1日 火曜日

 賠償と補償


   数日前、戦時中ナチスにひどい目に遭わされたポーランド人もドイツが機会あるごとにナチスの罪業を謝罪するのでドイツに対して「歴史カード」を切ったことがない、という話を取り上げた。ポーランドに対する謝罪の象徴的出来事が1970年のブラントのワルシャワでの「土下座」謝罪であった。

 この時の写真を見たくてインターネットで探っていると次の二枚の写真に行き当たった。

 確かに心打たれるシーンであるし、日本政府もこれぐらいの誠意を示せばアジアに多くの友人を得ることになると思う。しかし、これがひとつの政治的パフォーマンスであることももうひとつの真実なのである。政治の世界の話では無条件の美化は禁物のようである。

 忘暮楼はドイツの外交問題など全くの門外漢であるが、どうも「補償compensation」を強調して「賠償reparation」を帳消しにするというのがこのときのブラント首相のねらいだったらしい。

 「補償」というのは「ナチスの不法行為」がもたらした被害に対するつぐないである。賠償というのは、1000万人にも及ぶといわれる「強制労働者」など「ナチスの不法行為以外」の被害に対するつぐないである。

 「強制労働者」の被害はナチスの不法行為によるものではなく、「通常の戦争行為」に起因する被害だというのである。周辺各国がドイツから被った強制労働などの「ナチスの不法行為」によるものではない一般的被害は、「ナチスの不法行為」による被害に比べると比べ物にならないほど膨大なものだそうだ。

 実際、ブラント首相はワルシャワのゲットー蜂起記念碑前での感動的な謝罪のあとの会談で、ポーランドにドイツに対する「賠償請求権放棄」を認めさせたのである(事情説明省略)。  

結局、ドイツは現在も「ヒットラー補償」をどんどん進めることでその他の「賠償問題」を舞台裏に仕舞い込もうとしているともいえるらしい。一方、日本は「賠償」問題は解決済み、個人に対する「補償」も「賠償」のなかに折込済み、という立場である。

 そうそう、ナチス時代の軍人は今日も軍人年金や遺族年金が支給されていると聞いているが、これもナチス時代の国防軍がドイツの「通常の軍隊」であったからというわけであろう。